ポイント
- 持家・集合住宅と比較し、賃貸・集合住宅の居住者は循環器疾患死亡リスクが高い
- 男性の方が、住宅種別による循環器疾患死亡リスクの差が顕著
- 良質な賃貸住宅ストック形成に向けて、住宅性能への投資を促す仕組みづくりが重要
概要
東京科学大学(Science Tokyo)環境・社会理工学院 建築学系の海塩渉助教と大学院医歯学総合研究科 歯科公衆衛生学分野の木内桜助教、未来社会創成研究院 ウェルビーイング創成センターの相田潤教授は、浜松医科大学の尾島俊之教授、日本福祉大学の斉藤雅茂教授、千葉大学の花里真道准教授らとともに、健康長寿を目的とした大規模な疫学調査であるJapan Gerontological Evaluation Study (JAGES)[用語1]のデータと厚生労働省の死因データを突合した分析に基づき、持家・集合住宅と比較して、賃貸・集合住宅の居住者は循環器疾患による死亡リスクが高いことを明らかにしました。
近年、住環境による健康影響に注目が集まっており、2018年に世界保健機関(WHO)が住宅と健康ガイドラインを発行しています。その中でも循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)は寒い住宅で発生しやすいことが示され、寒冷曝露に伴う血圧上昇が一因とされています。しかし、これまでは住宅の短期的な健康影響に関する研究が多く、長期的な健康影響に関する研究が限られていました。
そこで、38,731⼈分の6年間の大規模な追跡調査データと厚生労働省の死因データを突合し、住宅種別を4種類(持家・戸建住宅/持家・集合住宅/賃貸・戸建住宅/賃貸・集合住宅)に分類して循環器疾患による死亡を比較した結果、所得等を調整した上でも、持家・集合住宅と比べて賃貸・集合住宅の居住者の死亡リスクが高いことが明らかになりました。また住宅種別による死亡リスクの差は、女性より男性で顕著でした。賃貸住宅における高い死亡リスクは、一般に持家と比較して賃貸の住宅性能(断熱性能等)が低いことが一因と考えられます。従って、賃貸住宅オーナーによる住宅性能向上のための投資を促す仕組みづくりが重要と考えられます。
本研究成果は、9月8日付の「BMJ Public Health」に掲載されました。
背景
世界保健機関(WHO)が2018年に発行した住宅と健康ガイドライン[参考文献1]では、冬の室温を18℃以上に保つことや、住宅の断熱化を施すことにより循環器系(脳・心臓)の健康を改善できると示しています。しかし、住宅と循環器系の健康についての先行研究は、血圧等の短期的に変動する指標を用いたものが多く、住宅が循環器疾患の発症や死亡に及ぼす影響までを検証した事例はわずかでした。
そこで本研究では、日本の大規模なコホート研究[用語2]JAGESのデータに基づき、住宅の基本属性である建物タイプ(戸建/集合)と所有形態(持家/賃貸)の組み合わせが循環器疾患による死亡に与える影響を明らかにすることを目的としました。
研究成果
本研究では、38,731名の65歳以上の高齢者を対象に行われた2012年1月1日~2017年12月31日までの6年間の追跡調査のデータを用いました。住宅種別(持家・戸建住宅/持家・集合住宅/賃貸・戸建住宅/賃貸・集合住宅)に関するアンケート、市町村の保有する死亡日データ、厚生労働省の保有する死因データを結合し、循環器疾患に起因する累積死亡率を住宅種別に比較しました(図1)。その結果、持家・集合住宅(青実線)、持家・戸建住宅(緑点線)、賃貸・集合住宅(橙点線)の順に循環器疾患による累積死亡率が高くなり、カプラン・マイヤー曲線[用語3]の差を検定した結果、統計学的な有意差が認められました(賃貸・戸建はサンプル数が少ないため対象外)。

続いて競合リスクモデル[用語4]を用いて、年齢・性別等の個人属性や所得・教育歴等の社会経済的要因、食事・運動等の生活習慣を調整した上で、部分分布ハザード比[用語5]を算出しました(表1)。分析の結果、持家・集合住宅と比較して賃貸・集合住宅のハザード比が全体では1.78、男性では2.32で有意となりました(女性は1.29で有意差なし)。すなわち、賃貸・集合住宅における6年間の循環器疾患の死亡リスクは持家・集合住宅と比べて全体では78%高く、男性では132%高いと解釈されます。
全体 (n=38,731) ハザード比 |
全体 (n=38,731) p値 |
男性 (n=18,052) ハザード比 |
男性 (n=18,052) p値 |
女性 (n=20,679) ハザード比 |
女性 (n=20,679) p値 |
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持家・集合住宅 | 1(参照) | 1(参照) | 1(参照) | |||
持家・戸建住宅 | 1.35 | 0.212 | 1.79 | 0.077 | 0.93 | 0.841 |
賃貸・集合住宅 | 1.78 | 0.034 | 2.32 | 0.021 | 1.29 | 0.515 |
賃貸・戸建住宅+その他 | 1.39 | 0.288 | 1.80 | 0.159 | 1.01 | 0.978 |
上記で得られた住宅種別による循環器疾患死亡の違いは、「賃貸と持家の住宅性能の差」や「戸建と集合の構造的な差」によって生じた可能性があります。前者に関連して、賃貸住宅のオーナーは自分自身がその住宅に居住しないため、住宅性能向上のための投資をせずに持家と比べて住宅性能が低くなる傾向にあるスプリット・インセンティブ[用語6]という問題があります。さらに上下左右を屋外に囲まれる戸建住宅は、上下左右を隣接住戸に囲まれる集合住宅と比べて、屋外と接する壁や屋根等の面積が大きいため、屋外環境の影響を受けやすくなります。そのため室内環境、中でも循環器疾患のリスク要因である温熱環境の質が低下しやすく、適切に管理されている集合住宅に比べ死亡リスクが高くなったものと考えられます(図2)。

社会的インパクト
住宅は人々が人生の半分以上の時間を過ごす生活基盤です。本研究で、住宅の種別が循環器疾患による死亡に影響を及ぼすことが明らかとなり、特に賃貸住宅で死亡リスクが高いことが分かりました。これらの結果は、前述したスプリット・インセンティブの問題を解決し、賃貸住宅オーナーによる住宅性能への投資が重要であることを示しています。海外の事例として、イギリスでは住宅健康安全評価システム(Housing Health and Safety Rating System, HHSRS)[用語7]が活用されており、住宅が健康・安全面で欠陥ありと判定されると、賃貸住宅を含め、住宅オーナーに対して住宅改修や解体等の命令が出される仕組みがあります。このシステムは英国の住宅法に導入され、法制化にまで至っています。このような海外の事例をベンチマークにしつつ、賃貸住宅の良質なストック形成に向けた取り組みを進めることが重要です。日本でも、2024年4月から新しい建築物の省エネ性能表示制度が始まり、賃貸住宅に対しても断熱性能を含む省エネ性能ラベルの表示が努力義務化されました。このような「見える化」も賃貸住宅オーナーによる住宅性能に対する投資意欲の向上のために重要と考えられます。
今後の展開
本研究では、住宅の基本属性として建物タイプ(戸建/集合)と所有形態(持家/賃貸)の組み合わせによる循環器疾患死亡への影響を検証しました。今後、住宅の環境測定を大規模に実施し、健康データとの突合を行うことで、疾病を予防、健康長寿を実現する客観的な住宅環境基準の確立に繋がることが期待されます。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(20H00557, 20K10540, 21H03153, 21H03196, 21K17302, 22H00934, 22H03299, 22K04450, 22K13558, 22K17409, 23H00060, 23H00449, 23H03117, 23K27807, 25K01375)、厚生労働科学研究費補助金(19FA1012, 19FA2001, 21FA1012, 22FA2001, 22FA1010, 22FG2001)、科学技術振興機構(JST)研究費(共創の場形成支援 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA): JPMJOP1831, SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム: JPMJRX21K6, 創発的研究支援事業: JPMJFR2154)、健康・体力づくり事業財団、東京医科歯科大学、防災科学技術研究所の助成により実施されました。
参考文献
用語説明
- [用語1]
- Japan Gerontological Evaluation Study (JAGES):健康長寿社会を目指した、予防政策の科学的な基盤づくりを目標とした研究プロジェクト。日本老年学的評価研究機構(JAGES)
- [用語2]
- コホート研究:特定の要因を持つ集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発生率等を比較することで、要因と疾病発生の関連を調べる観察研究の一種。
- [用語3]
- カプラン・マイヤー曲線:何らかのイベントが発生するまでの期間(生存時間)を視覚的に表現する統計的手法。
- [用語4]
- 競合リスクモデル:競合リスクとは、複数のイベントが同時に起こり得る状況で、あるイベントが先に発生すると、注目している別のイベントが発生しても観察できなくなる状態を指す。本研究の例では、循環器疾患による死亡に注目しているが、がんによる死亡が発生した場合には循環器疾患による死亡は観測できなくなる。競合リスクがある場合、競合イベント(がん)を無視して通常の生存時間分析を行うとバイアスが生じる可能性があるため、競合リスクモデルを用いる。
- [用語5]
- 部分分布ハザード比:ハザード比とは、生存時間分析にて使われる統計指標で、2つの群間で「ある時点でのイベント発生率の比」を示すもの。具体的に、ある群の「瞬間的なイベント発生率(ハザード)」を、もう一方の群の「ハザード」で割った値で、1を下回るとイベント発生リスクが低く、1を上回るとリスクが高いと解釈される。「部分分布」ハザード比とは、上述の競合リスクを考慮した上で算出されたハザード比のこと。
- [用語6]
- スプリット・インセンティブ:賃貸住宅のオーナーは、建築・設備等への投資コストを抑えることを優先するため、光熱費削減といった居住者のメリットにつながる断熱性能や省エネ設備等への投資に対して消極的であること。
- [用語7]
- 住宅健康安全評価システム(Housing Health and Safety Rating System, HHSRS):住宅に起因する様々な健康被害を定量化するツール。評価項目は、健康と安全性の観点から、「生理学的要件」「心理的要件」「感染症防止」「事故防止」の4グループ、合計29カテゴリーのハザードを対象とした構成となる。対象となるハザードは「湿気・カビ繁殖」、「過度な暑さ・寒さ」、「揮発性有機化合物」、「照明・騒音」、「転倒」、「火災」等。これらのハザードをスコア化し、4段階のハザードレベルに分類する。
論文情報
- 掲載誌:
- BMJ Public Health
- タイトル:
- Combination of housing type (detached houses vs flats) and tenure (owned vs rented) in relation to cardiovascular mortality: findings from a 6-year cohort study in Japan
- 著者:
- Wataru Umishio†,*, Sakura Kiuchi†, Toshiyuki Ojima, Masashige Saito, Masamichi Hanazato, Jun Aida(†共同第一著者,*責任著者)
研究者プロフィール
海塩 渉 Wataru Umishio
東京科学大学 環境・社会理工学院 建築学系 助教
研究分野:建築環境工学、公衆衛生学
木内 桜 Sakura Kiuchi
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯科公衆衛生学分野 助教
研究分野:歯科疫学、公衆衛生学
相田 潤 Jun Aida
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯科公衆衛生学分野/未来社会創成研究院 ウェルビーイング創成センター 教授
研究分野:社会疫学、公衆衛生学、歯科疫学