要点
- 多発性嚢胞腎(PKD)の新原因遺伝子を発見:X染色体にあるCFAP47遺伝子の変異が新たな原因であることが判明。
- X連鎖型遺伝形式のPKD:この遺伝形式は稀で、家族歴がないケースで同定。
- CFAP47ノックアウトマウスの検証により、腎臓に嚢胞形成を引き起こすことを確認。
- 臨床的意義:遺伝カウンセリングや他の腎疾患との鑑別における重要な発見。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)※ 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の森崇寧講師、蘇原映誠准教授、藤丸拓也非常勤講師の研究グループは、日本国内27施設の協力を得て、家族歴がない成人の多発性嚢胞腎(PKD)患者118名を対象に網羅的遺伝子解析[用語1]を実施しました。このうち原因となる遺伝子変異が同定されなかった47名に対して全ゲノムシークエンス[用語2]を行い、3名の男性患者に共通してCFAP47というX染色体遺伝子に病的変異があることを発見しました。また、CFAP47ノックアウトマウスの腎臓を観察したところ、嚢胞状の尿細管拡張が確認され、CFAP47が多発性嚢胞腎の新しい原因遺伝子であることを示しました。
CFAP47によるPKDは、嚢胞性腎疾患では稀なX連鎖型遺伝形式をとり、孤発例のように見える点は他の嚢胞性腎疾患との鑑別や遺伝カウンセリングという視点から臨床的に重要な意義を持つと考えられます。CFAP47変異によるPKDの特徴をさらに理解するためには、症例の蓄積が必要と考えられます。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構およびクラウドファンディングの支援のもとで行われたもので、その研究成果は、2024年10月29日(米国東部時間)に国際科学誌 Kidney International Reports誌のオンライン版に掲載されました。
- 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
背景
常染色体顕性多発性嚢胞腎(ADPKD)[用語3]は、大半で嚢胞腎の家族歴がある特徴的な画像所見を呈する疾患で、主にPKD1とPKD2の2つの遺伝子変異が原因で発症します。通常、成人期に嚢胞形成が確認されるこの疾患は、嚢胞の増大と腎機能の低下を特徴としています。ADPKD患者の約85〜90%にPKD1変異が見られ、約10〜15%にPKD2変異が見られます。近年の遺伝子解析技術の進展により、ADPKDの原因としてGANAB, IFT140, ALG5, ALG9, DNAJB11などいくつかの新しい遺伝子が同定され、これらはADPKDの約7%を占めると考えられています。一方でADPKDと考えられた成人患者のうち、家族歴を持たない患者が約10%程度存在することが知られています。本研究グループは、家族歴のないADPKD患者118名を対象に網羅的遺伝子解析を実施した結果、約半数がPKD1もしくはPKD2の変異が原因であること、そしてIFT140変異が上位の原因であることを最近報告しました。しかし、残りの47名(約40%)では原因となる遺伝子変異が特定されず、これまでに報告されていない新しい原因遺伝子の可能性があると考えていました。
研究成果
本研究グループは米国ワシントン大学(University of Washington Center for Rare Disease Research)の協力のもと、原因不明であった47名に対する全ゲノムシークエンスを実施した結果、3名の男性患者に共通してX染色体遺伝子CFAP47(Cilia And Flagella Associated Protein 47)に病的変異が同定されました(図1)。これら患者の年齢は70.7 ± 11.4歳(平均 ± SD)で、腎機能は推定糸球体濾過率(eGFR)で平均31.8 ± 18.8 ml/min/ 1.73 m²と低下が確認されました。また、腎臓の平均容積は668.3 ± 71.3 mLで、男性の正常な容積404 mLと比較して拡大していることが分かりました(図2)。
CFAP47の変異は、無力奇形精子症(MMAF)や原発性繊毛不全(PCD)による気管支拡張症の原因となることが報告されていましたが、CFAP47の生理的な機能や臓器ごとの発現部位については十分に解明されていませんでした。そこで本研究グループはヒト腎臓組織を用いて、嚢胞の発生と深く関わりのある尿細管上皮細胞の繊毛(cilia)にCFAP47が発現していることを確認しました。さらに、中国復旦大学ゲノム医学研究所との共同研究により、CFAP47ノックアウトマウスの腎臓を観察したところ、尿細管上皮細胞の空胞変性や、一部癒合による嚢胞状の尿細管拡張が確認されました。これによりCFAP47がPKDの原因遺伝子であることが明らかになりました(図3)。
社会的インパクト
CFAP47は新たに発見されたPKDの原因遺伝子であり、未診断症例の中に本疾患が含まれる可能性があること、また、これまでX染色体遺伝子が原因となるPKDの報告は非常に稀であり、その遺伝様式から一見孤発例のように見える点が他の嚢胞性腎疾患との鑑別という視点からも臨床的に大きな意義を持つと考えられます。
今後の展開
CFAP47変異によるPKDの臨床的特徴を理解するため、より多くの症例を集めることによって、現在ADPKDに対し保険適応となっているトルバプタン等の治療薬が本遺伝子変異に伴うPKDに治療効果を有するか等の検証が必要と考えられます。
今回の報告は、遺伝学的アプローチに基づいて候補遺伝子を特定し、主に組織学的観察研究で検証した域にとどまることから、今後はCFAP47の生理的作用や嚢胞形成に関わる病態メカニズムの詳細な解明が、創薬ターゲットの発見に向けた重要な課題であると考えられます。
付記
本研究は以下の助成金支援下に実施されました。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(助成番号22ek0109554h0002)、日本学術振興会科研費(課題番号 24K02465, 24K11381, 22K19518, 19H03672, 21K08249, 19K17733, 22K16233, 20K22926, 22H03085, 19H01049)、NHGRI (National Human Genome Research Institute)(U01 HG011744, U24 HG011746)、中国国立自然科学基金会(32100480, 32370654)、さらに本研究はREADYFORプラットフォーム(腎臓病の遺伝子解析から、病気と遺伝子のかかわりを探り続けるために)の389人のクラウドファンディング支援者によっても支援されました(番号91AA003949)。
用語説明
- [用語1]
- 網羅的遺伝子解析:次世代シークエンサー(NGS)という遺伝子塩基配列を高速かつ大量に解析する機器を用いて、多くの遺伝子を同時に調べる遺伝子解析手法。
- [用語2]
- 全ゲノムシークエンス:約30億塩基対にも及ぶヒトの全遺伝子配列(ゲノム)をNGSを用いて解析する手法。
- [用語3]
- 常染色体顕性多発性嚢胞腎(ADPKD):指定難病である多発性嚢胞腎の一つであり、両側の腎臓に嚢胞(液体のつまった袋)ができ、それらが年齢とともに増えて大きくなっていく遺伝性の病気である。日本の患者数は約31,000人で、約4,000人に1人が発症すると推定されている。病状の経過には、個人差が大きいといわれているが、60歳までに約半数が末期腎不全となり、透析療法や腎臓移植が必要となる。
論文情報
- 掲載誌:
- Kidney International Reports
- 論文タイトル:
- CFAP47 is Implicated in X-Linked Polycystic Kidney Disease
- 著者:
- Takayasu Mori, Takuya Fujimaru, Chunyu Liu, Karynne Patterson, Kouhei Yamamoto, Takefumi Suzuki, Motoko Chiga, Akinari Sekine, Yoshifumi Ubara, Danny E Miller, Miranda PG Zalusky, Shintaro Mandai, Fumiaki Ando, Yutaro Mori, Hiroaki Kikuchi, Koichiro Susa, University of Washington Center for Rare Disease Research, Jessica X. Chong, Michael J. Bamshad, Yue-Qiu Tan, Feng Zhang, Shinichi Uchida, Eisei Sohara
研究者プロフィール
森 崇寧 Takayasu MORI
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 講師
研究分野:遺伝医学、水電解質輸送、慢性腎臓病
蘇原 映誠 Eisei SOHARA
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 准教授
研究分野:慢性腎臓病、嚢胞性腎疾患、水電解質輸送、遺伝医学
藤丸 拓也 Takuya FUJIMARU
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 非常勤講師
研究分野:慢性腎臓病、嚢胞性腎疾患、水電解質輸送、遺伝医学
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