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ナノ粒子触媒に潜在する「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

2024年11月21日 公開

伝統的な光化学反応を突き詰め新概念を提唱

ポイント

  • ナノ粒子状触媒が有する「水の酸化反応の駆動力」を実測する手法を確立
  • 半世紀前に確立された光化学的な水の酸化反応の応用に基づいて構築
  • 経験則に頼って選定されてきた触媒に対する定量的な評価を世界で初めて達成

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 理学院 化学系の岡崎めぐみ助教と前田和彦教授らの研究チームは、水の酸化触媒として作用する金属酸化物ナノ粒子[用語1]に対し、反応の進行に必要な「駆動力」を見積もる非電気化学的な手法を見出しました。

光エネルギーを用いて化学エネルギーを得る「人工光合成」系の構築を目指す研究において、ナノ粒子触媒は水の酸化に高い活性を示すことが知られています。しかし、ナノ粒子であるが故に精密な分析が難しく、水の酸化反応に関与する電子の情報は実験的に得られていませんでした。そこで研究グループは、半世紀以上前から確立されている水の光酸化反応[用語2]語2)を突き詰めることで、ナノ粒子触媒が水の酸化反応を進行させるための電子に関する情報、すなわち「反応の駆動力」を定量的に観測できることを明らかにしました。これまでは経験則から優れた触媒を見出していましたが、本成果によって、より合理的な触媒デザインが可能になると期待されます。研究グループは、今回見出した「駆動力」を「反応ポテンシャル」と命名し、ナノ粒子触媒に対する研究をさらに行っていく予定です。

本成果は、11月4日付(現地時間)の「Chem Catalysis」誌に掲載されました。

  • 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
図1. 担持金属酸化物ナノ粒子のポテンシャルを複数のルテニウム錯体で見積もっているデザインイラスト。右側は具体的に見積もられたポテンシャルを示している。

背景

光エネルギーを利用して化学エネルギーを得る「人工光合成」では、地球温暖化の一因とされているCO2を工業的に利用可能な物質(ギ酸[用語3]や一酸化炭素など)へと変換できるほか、クリーンなエネルギー源として利用可能な水素を水から得ることが可能です。これらCO2変換反応や水素生成反応を水中で行う場合、対の反応を成すのは水の酸化反応です。酸化還元反応は同時に進行するので、目的のCO2変換や水素生成反応を高効率に進行させるためには、水の酸化反応の高効率化も不可欠となります。

しかし、水の酸化反応は4つの電子が関与する複雑な反応機構を含むことから、反応速度的な観点で容易に進行しない反応として認識されています。そのため、光触媒を用いた水の酸化反応では、反応活性点[用語4]として光触媒表面上にナノ粒子状の助触媒[用語5]を担持することが一般的です。これまで、助触媒の担持によって光触媒活性が向上した例は多数報告されていますが、そのほとんどにおいて、経験則に基づいて特定の助触媒が選定されており、「なぜその特定の助触媒が水の酸化反応に対して優れた活性を有するのか」は解明されていませんでした。

研究成果

岡崎助教らは、ルテニウム錯体[用語6]光増感剤[用語7]とした水の光酸化反応を応用することで、金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」を非電気化学的に見積もることができることを見出しました。水の光酸化反応は、半世紀ほど前にHarrimanらによって報告されました(図2)。この反応では、可視光によって励起されたルテニウム錯体の電子(e)が電子受容体に移動することで、ルテニウム錯体の一電子酸化種(Ru3+種)が生成します。そこへ水の酸化触媒からeが移動し、触媒中の金属種が高酸化状態となることで水の酸化反応が進行します。本研究で触媒として用いた金属酸化物ナノ粒子は、光触媒による水の酸化反応の助触媒としても広く用いられています。

図2. 水の光酸化反応のスキーム概略。

水の光酸化反応が進行する条件の一つに、金属酸化物ナノ粒子からRu3+種へeが移動することが挙げられます。つまり、金属酸化物ナノ粒子が有するe化学ポテンシャル[用語8]が、Ru3+種の還元電位[用語9]よりも正側に位置している場合、水の光酸化反応は進行しないことになります。逆に、金属酸化物ナノ粒子が有するeの化学ポテンシャルが、Ru3+種の還元電位よりも負側に位置していた場合は、水の光酸化反応が進行すると予想されます。そのため、金属酸化物ナノ粒子が有するeの化学ポテンシャルと、Ru3+種の還元電位を調整し、それらの値を等しく、もしくは非常に近づけた場合、水の光酸化反応の進行の有無が分かれる境界領域(しきい値)が存在すると考えられます(図3)。本研究では、金属酸化物ナノ粒子のeの化学ポテンシャルと、Ru3+種の還元電位をそれぞれ調整することにより、反応が進行するための「しきい値」が存在することを、初めて実験的に明らかにしました。Ru3+種の還元電位は定量的に測定することが可能である一方、金属酸化物ナノ粒子のeの化学ポテンシャルを直接観測した例はありません。そのため、具体的数値が明らかなRu3+種の還元電位を基準として、詳細な電位が一切不明だったeの化学ポテンシャルを見積もることができました。すなわち、本研究で確認された「しきい値」の意味するところとしては、金属酸化物ナノ粒子中のeの化学ポテンシャルを直接観測できたということになります。さらに、観測したeの化学ポテンシャルと水の酸化電位の差は、金属酸化物ナノ粒子が有する「水の酸化反応に対する駆動力」に値します。言い換えると、本研究で観測したeの化学ポテンシャルは、金属酸化物ナノ粒子が水の酸化反応を進行させるために必要なeの化学ポテンシャルを反映していると考えられます。これはつまり、今まで観測が困難とされていた不均一系ナノ粒子触媒に対し、水の酸化反応に対する駆動力を可視化できたことになります。岡崎助教らは、今回水の光酸化反応によって観測されたeの化学ポテンシャルを、論文中で「反応ポテンシャル」と命名しました。

さらなる詳細な調査の結果、反応ポテンシャルは金属酸化物ナノ粒子ごとに固有の値を示し(図4)、その序列は水の酸化触媒能の優劣にほとんど一致していることが明らかとなりました。

図3. 金属酸化物ナノ粒子が有する電子の化学ポテンシャルのしきい値を見積もる際の電位の相関の概略。金属酸化物ナノ粒子が有するeの化学ポテンシャルとRu3+種の還元電位の値が近い場合を想定した図であるが、わかりやすくするためにそれぞれの値に明確な差があるように示している。
図4. 金属酸化物ナノ粒子が有するeの化学ポテンシャルの見積もり結果。それぞれの化学ポテンシャル(長方形の上端)と水の酸化電位(O2/H2O)の差が、反応ポテンシャルに値する。

社会的インパクト

本研究では、水の酸化助触媒として作用する金属酸化物ナノ粒子に対し、反応を進行させるために必要なeの化学ポテンシャルを見積もることに初めて成功しました。これまで直接的な観測が困難とされていたパラメータを可視化できたという点で、非常に重要な成果であると言えます。

 人工光合成を達成するためには、現状よりも遥かに高い効率で駆動する反応系の確立が不可欠です。したがって、より戦略的かつ論理的思考に基づいた材料設計が必ず求められることになります。本研究で見出した反応ポテンシャルの概念に対する調査を今後さらに深めることによって、これまでより一層活性の高い新規触媒を戦略的に合成することができる可能性があると期待されます。

今後の展開

本研究では、比較的複雑な反応機構を有する水の酸化反応に対し、反応ポテンシャルの概念を打ち立てたことで、それに基づいた(光)触媒の設計に向けた実現可能性を広げることができました。今後、岡崎助教らが最終目標としている、「反応ポテンシャルの考え方に基づき、水の酸化(光)触媒を戦略的かつ新規に探索する」ことを達成するためには、さらなる調査が必要になります。本研究では調査対象を金属酸化物ナノ粒子に限定しましたが、過去に水の酸化触媒として報告されている金属ナノ粒子や金属硫化物ナノ粒子に対しても調査を行う予定です。また、反応ポテンシャルの値は、触媒反応における特定の条件に依存する可能性もあるため、より詳細な調査を行うことでその実態を理解する必要があります。

本研究のような基礎的な知見を基盤として、最終的には社会実装も視野に入れた人工光合成の構築に向けた材料開発を行うことが期待されます。

付記

本研究は、山﨑康臣講師(東京大学)、魯大凌博士(在任当時東京工業大学)、野澤俊介准教授(高エネルギー加速器研究機構)、石谷治特任教授(広島大学)らと共同で行われた。

また、日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費(JP19J21858)、同 研究活動スタート支援(JP22K20490)、同 若手研究(JP24K17767)、同 基盤研究B (JP19H02511、JP22H01862)、同 新学術領域研究計画「複合アニオン化合物の新規化学物理機能の創出」(JP16H06441)、同 学術変革領域A 「超セラミックス」(JP22H05148)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1]
ナノ粒子:ナノメートルオーダーのサイズをもった粒子の総称。一般的なマクロサイズの固体微粒子と比べて大きな表面積をもち、これに起因した特異な物性・機能性を示す。
[用語2]
水の光酸化反応:光増感剤、触媒、電子受容体によって構成される光反応。1980年代にHarrimanらによって報告された。
参考文献 Anthony Harriman, Ingrid J. Pickering, John M. Thomas, Paul A. Christensen, J. Chem. Soc., Faraday Trans 1 1988, 84, 2795–2806.
[用語3]
ギ酸:分子式HCOOHで表されるもっとも単純なカルボン酸。適当な触媒を用いれば、水素(H2)とCO2に分解できるため、貯蔵や輸送に困難を伴う水素のキャリア物質として注目されている。
[用語4]
反応活性点:(光)触媒表面において、電子の授受が進行する(つまり触媒反応が進行する)特定の箇所。
[用語5]
助触媒:(光)触媒に生成した電子もしくは正孔を捕捉し、反応活性点として作用する(すなわち反応の活性化エネルギーを下げる)物質。多くは(光)触媒担体表面上にナノ粒子として修飾される。
[用語6]
錯体:金属に対して非金属(あるいは非金属原子団)が配位結合した分子。可視光吸収を持つ化合物が多く、光吸収を担う色素として広く利用されている。
[用語7]
光増感剤:光を吸収して励起状態となり、酸化還元反応を引き起こす物質。電子受容体へと電子を与えたり、他の物質(触媒など)から電子を受け取ることができる。ある種の金属錯体や半導体はこの機能を有する。
[用語8]
化学ポテンシャル:化学物質に内在するエネルギーを示すパラメータ。高校物理で習う位置エネルギーの化学版と読み替えることもできる。
[用語9]
還元電位:電気化学的な還元反応を行う場合、当該反応が進行するために必要な電位。

論文情報

掲載誌:
Chem Catalysis
論文タイトル:
Discovery of the threshold potential that triggers photochemical water oxidation with Ru(II) photosensitizers and MOx catalysts
著者:
Megumi Okazaki, Yasuomi Yamazaki, Daling Lu, Shunsuke Nozawa, Osamu Ishitani, Kazuhiko Maeda*

研究者プロフィール

岡崎 めぐみ Megumi OKAZAKI

東京科学大学 理学院 化学系 助教
研究分野:光化学、触媒化学

前田 和彦 Kazuhiko MAEDA

東京科学大学 理学院 化学系・総合研究院 自律システム材料学研究センター 教授
研究分野:光化学、触媒化学

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