ポイント
- 光による水酸化反応を駆動する、半導体光触媒(酸化チタン)から助触媒(酸化イリジウム)への光励起ホール注入ダイナミクスを、時間分解X線吸収分光法を用いて直接観測に成功した。
- 窒素とフッ素を共ドープした酸化チタンを用いた場合、酸化イリジウム助触媒中のホール寿命がナノ秒(1ナノ秒:10億分の1秒)の時間スケールで約16倍に延び、水酸化反応の活性向上と相関があることを明らかにした。
- 「窒素・フッ素の共ドープ」はもともと半導体光触媒に可視光応答性を付与する処理として確立されてきたが、本研究はこの共ドープ処理が、半導体/助触媒の界面においてホールに「かんぬき」を下ろす─助触媒に渡ったホールが半導体側へ逆戻りするのを抑え込む─という効果も併せ持つことを実験的に明らかにした。
概要
東京科学大学 理学院 化学系の前田和彦教授と高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、KEKの放射光実験施設フォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)において、時間分解X線吸収分光法を用い、光による水酸化反応を駆動する、半導体光触媒から助触媒への光励起ホール注入ダイナミクスを直接観測することに成功しました。
光触媒による水分解では、半導体光触媒に「助触媒」と呼ばれる微量の金属酸化物を担持させ、光で作られる電荷キャリアの動態を変えると活性が向上することが知られていますが、助触媒中における電荷キャリアの動態は実験手段の制約から明らかにされていませんでした。
本研究では、酸化イリジウム(IrOx)助触媒を担持した窒素・フッ素共ドープ酸化チタン(IrOx/TiO2:N,F)に着目し、X線の元素選択性を利用して、サンプルが紫外光(UV)で励起された時のIrOx中のホール(正孔)の振る舞いを抽出することに成功しました。さらに、助触媒中のホールが長く滞留するほど水酸化反応活性が向上することも実証しました。
興味深いことに、N,F共ドープは本来「光触媒材料に可視光応答性を持たせる」目的で開発・利用されてきた処理ですが、助触媒中のホール寿命を大幅に延ばすという「もう1つの効果」をもつことが明らかになりました。
これは、東京科学大学 理学院 化学系の前田和彦教授、KEK物質構造科学研究所の金澤知器研究員、野澤俊介准教授らを中心とした共同研究グループの成果です。本研究は、KEK PF-ARの時間分解X線実験ステーションAR-NW14Aを利用して行われました。
本成果は、米国化学会の発行する学術雑誌「ACS Catalysis 」に5月13日に掲載されました。
半導体光触媒(球体)に紫外光(紫色)を照射すると光励起ホールが生成し、表面に担持された酸化イリジウム助触媒(紫+赤)に注入される。放射光X線パルス(黄色)を用いた時間分解X線吸収分光により、助触媒中のホール動態をナノ秒の時間スケールで直接観測した。
背景
水を太陽光で水素と酸素に分解する「太陽光水分解」は、再生可能エネルギーの有力な選択肢の1つです。半導体光触媒は太陽光のエネルギーを吸収して電子と正孔(ホール)を生成し、それらが水を還元・酸化することで水素と酸素が生成されます。しかし、半導体光触媒単体では電子とホールの再結合が頻繁に起こるため、水分解反応の効率が低くなるという課題があります。
そこで広く使われているのが、半導体表面に微量の「助触媒」と呼ばれる金属酸化物を担持する手法です。例えば、酸化イリジウム(IrOx)は水酸化反応に対する優秀な助触媒として広く用いられています。助触媒は半導体から電子やホールを受け取って両者を分離することで再結合を抑制し、さらに反応サイトとしても機能することで水分解効率を大幅に向上させます。
また、可視光まで含む幅広い太陽光スペクトルを利用するためには、半導体光触媒に可視光応答性を持たせる必要があります。これに対しては、酸化チタン(TiO2)に窒素やフッ素などのアニオンを共ドープして、電気的なバランスを整えつつバンド構造を変調し、可視光を吸収できるようにする戦略が確立されてきました。本研究で用いた IrOx/TiO2:N,F も、こうした可視光応答型の光触媒材料の流れを汲むものです。
助触媒の働きを真に理解するためには、助触媒中での電子やホールの挙動(ダイナミクス)を直接観測することが重要です。しかし、これまでの実験手法では、半導体由来の信号と助触媒由来の信号を分離することが困難であり、助触媒中での電荷キャリア動態は十分に明らかにされていませんでした。
研究成果
本研究グループは、放射光X線の優れた元素選択性に着目し、時間分解X線吸収分光法(time-resolved X-ray absorption fine structure spectroscopy: TR-XAFS)を用いて助触媒中のホール動態を直接観測することを試みました。試料には、高い光触媒活性を示すIrOx助触媒を担持した窒素・フッ素共ドープルチル型酸化チタン(IrOx/TiO2:N,F)を選択し、比較対照として未ドープ酸化チタン(IrOx/TiO2)も測定しました。
PF-ARのAR-NW14Aビームラインにおいて、UVパルスレーザー(波長343 nm)でTiO2半導体を光励起し、約100ピコ秒(100億分の1秒)の時間幅を持つX線パルスでIrOx中のIr原子の電子状態をスナップショット撮影しました。Ir LIII吸収端のX線吸収端微細構造(XANES)スペクトルからUV励起前後の差スペクトルを取得することで、Ir原子の電子状態の変化、すなわちIrOxへのホール注入を可視化することに成功しました。
観測の結果、IrOx/TiO2 と IrOx/TiO2:N,F の両系で、UV励起後にIr LIII XANESスペクトルにおいて、吸収端の化学シフトおよびIr 5d 軌道のホール生成に対応する特徴的な変化が現れ、半導体側から助触媒側へホールが注入されたことが確認されました(図2)。
緑色(紫色)の網掛けは吸収端の高(低)エネルギー側へのシフトに、黄色の網掛けは Ir 5d 軌道におけるホール生成にそれぞれ対応する。IrOxナノ粒子を半導体表面に担持させたサンプル(IrOx/TiO2:N,FとIrOx/TiO2)では、UV励起後に半導体からIrOxのIr 5d軌道へホールが注入されることに起因した信号が観測される。一方、半導体に担持されていないIrOxナノ粒子(IrO2コロイド)ではUV励起に起因した信号は観測されず、結晶状態のIrO2では、それ自身がUV励起され、O 2p軌道からIr 5d 軌道に電子移動に起因した信号が観測される。
ホールが助触媒中に滞留する時間(寿命)を解析した結果、IrOx/TiO2 では約27ナノ秒(1ナノ秒:10億分の1秒)であったのに対し、IrOx/TiO2:N,F では約420ナノ秒と、約16倍の長寿命化が観察されました。これに対応して、IrOx/TiO2:N,F は IrOx/TiO2 よりも約3倍高い光触媒水酸化活性(O2発生量)を示し、助触媒中のホール寿命と水酸化反応活性に相関があることが実証されました。
このホール寿命の延長は、TiO2 への N、F 共ドーピングによって TiO2 の価電子帯位置が低エネルギー側に下がり、IrOx → TiO2 への逆向きホール注入のエネルギー障壁が増大した結果であると説明されます(図3)。未ドープの IrOx/TiO2 でもこの障壁はわずかに存在しますが、共ドープによって障壁が一段と深く下りる─すなわち、共ドープが生み出すバンド構造の変化が、半導体/助触媒界面でホールを助触媒側に閉じ込める「かんぬき」としても機能し、ホールの逆流を強く抑え込んでいた、というわけです。
TiO2への N、F 共ドープにより価電子帯(V.B.)位置が深くなり、IrOx から半導体への逆向きホール注入の障壁が大きくなる。結果として、助触媒中のホール寿命が延長される。
社会的インパクト
半導体に窒素やフッ素を共ドープする手法は、これまで太陽光(特に可視光)を吸収できる光触媒材料を作る戦略として広く使われてきました。本研究は、この共ドープ処理が結果的にもたらすバンド構造の変化が、半導体と助触媒との接合面では、助触媒に渡ったホールに「かんぬき」を下ろす─ホールが半導体側へ戻ることを抑え、その寿命を約16倍にまで延ばす─という、もう1つ別の効用も持っていることを実験的に明らかにしました。「可視光反応のための処理」が「助触媒に渡ったホールにかんぬきを下ろす処理」としても機能していた、というわけです。
また、本研究は時間分解X線吸収分光法が半導体/助触媒の電荷ダイナミクスを直接観測する強力なツールであることを実証しました。これにより、太陽光水分解における半導体/助触媒の組み合わせを、両者の界面エネルギーアライメントというミクロな物理量から定量的に評価・設計するための新しい指針が示されました。
今後の展開
今後、本手法を多様な半導体/助触媒系に適用することで、太陽光水分解だけでなく、CO2還元やNH3合成など、再生可能エネルギーの有効活用に向けたより高効率な光触媒材料の開発に貢献することが期待されます。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「特異構造を有する物質科学」(JPMJCR20R2)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP25H00899、JP22H05148、JP22KJ3125、特別推進研究 JP21H04974)および文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)事業(JPMXP1225KU1050、JPMXP1225KU1053)の支援を受けて実施されました。
論文情報
- 掲載誌:
- ACS Catalysis
- タイトル:
- Time-Resolved X-ray Absorption Fine Structure Reveals Hole Injection Dynamics and Charge Carrier Kinetics in Cocatalysts for Water Oxidation
- 著者:
- Tomoki Kanazawa, Chomponoot Suppaso, Issei Yamamoto, Dongxiao Fan, Rie Haruki, Ryo Fukaya, Kazuhiko Maeda, Shin-ichi Adachi, Shunsuke Nozawa
関連リンク
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
准教授 野澤 俊介
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高エネルギー加速器研究機構 広報室
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