ポイント
- 配位高分子の新しい合成法を確立し、固体光触媒のCO2還元効率を従来の約10倍に向上。
- 電気エネルギーを援用して高速でCO2をギ酸へと変換することも可能。
- 再生可能エネルギーを活用したCO2還元による炭素循環社会の実現に期待。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)※ 理学院 化学系の前田和彦教授、Chomponoot Suppaso(チョンポヌット・スパソ)研究員らの研究チームは、鉛-硫黄結合を有する配位高分子[用語1]の新たな合成法を確立し、これを用いた固体光触媒[用語2]で、可視光[用語3]エネルギーによる二酸化炭素からギ酸[用語4]への変換効率を従来の約10倍まで高めることに成功しました。
研究チームは以前の研究で、鉛-硫黄結合を有する配位高分子が、光エネルギーによって二酸化酸素をギ酸に変換する光触媒になることを発見していました。今回の研究で、マイクロ波[用語5]合成によって高品質な配位高分子を得たことで、二酸化炭素変換の効率を大きく左右する電荷再結合[用語6]の効果的な抑制が可能になりました。
この配位高分子を用いた固体光触媒では、光子の利用効率を示すみかけの量子収率[用語7]が、400 nmの波長に対して25%に達し、二酸化炭素をギ酸へ還元する固体光触媒のうち、世界最高性能を記録しました。さらに同じ配位高分子を電極触媒[用語8]に用いると、90%以上という高いギ酸生成選択率を維持したまま、300 mA cm–2の電流密度で二酸化炭素をギ酸へ高速変換できることも実証しました。
今回確立した合成法では、二酸化炭素還元の分野において世界トップクラスの触媒性能を、貴金属・希少金属に頼ることなく実現できます。このことから、汎用元素からなる配位高分子を光触媒あるいは電極触媒として、再生可能エネルギーを利用した高速二酸化炭素変換デバイスに展開できる可能性が見えてきました。
本成果は、11月13日付(現地時間)の「Advanced Functional Materials」誌に掲載されました。
- 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
背景
光エネルギーを用いてCO2を再資源化する光触媒は、地球温暖化や炭素エネルギー資源の枯渇といった難題に対する有望な解決策として、40年以上も前から広く研究されています。特に、資源制約の小さい普遍元素を活用して高効率に働く固体光触媒の開発は重要な課題です。
前田教授らはこれまでに、配位高分子[Pb(tadt)]nが可視光により、CO2をギ酸へ高い選択率で変換できる光触媒となることを発見していました[参考文献1]。しかし、可視光によって[Pb(tadt)]nに生じる電子と正孔の利用効率が低く、みかけの量子収率も3%未満にとどまっていました。光触媒の内部での電子と正孔の利用効率を高めるには、光触媒粒子を高品質化する必要がありますが、[Pb(tadt)]nについては合成法に改良の余地が残されていました。
研究成果
前田教授らは、マイクロ波を援用した溶液合成法により、繊維状の[Pb(tadt)]nが得られることを見出しました(図1)。合成温度や時間を最適化した結果、この繊維状[Pb(tadt)]nは従来法で合成した柱状の[Pb(tadt)]nと比べて高い比表面積[用語9]を持ち、電子と正孔の再結合中心となる表面欠陥も少ないことがわかりました。そのため、繊維状[Pb(tadt)]nは99%以上の高いギ酸生成選択率[用語10]を維持したまま、25%(照射波長400 nmでの値)という高いみかけの量子収率でCO2をギ酸へ変換できることがわかりました(図2)。この値は、可視光でCO2をギ酸へ変換する光触媒の中では世界最高値となっています。
さらには、同じ[Pb(tadt)]nを導電性基板上に固定してCO2電解に用いたところ、300 mA cm–2の高い電流密度でCO2をギ酸へと変換できることもわかりました(図3)。この時のギ酸生成のファラデー効率[用語11]は90%以上に達し、こうした高速電解条件でも[Pb(tadt)]nは高いギ酸生成選択率を維持できることが示されました。また、従来の鉛系の電極触媒では、高電流を流す条件では水の還元による水素生成が併発し、CO2還元の選択率を低下させることが問題になっていましたが、[Pb(tadt)]nを用いた場合には水素生成はほとんど起きず、CO2還元の電極触媒として有用であることがわかりました。
社会的インパクトと今後の展開
再生可能エネルギー由来の光や電気を活用して、地球温暖化物質であるCO2を有用物質へと変換できれば、炭素循環社会の実現に向けた大きな一歩となります。本研究では、条件を精密に制御して合成した配位高分子が高速でCO2をギ酸へと変換できる触媒となることを実証しました。特に可視光エネルギーを用いた場合の反応効率は、これまでに報告されている光触媒の中で世界最高値となっています。
今回の研究では、これまでの高効率な二酸化炭素変換光触媒に必要とされてきた貴金属や希少金属に頼ることなく、合成法を徹底検討することで世界最高性能を実現できました。このことから、今後のさらなる材料探索と合成法の最適化によって、より小さなエネルギーの印加で駆動する新たな触媒系の構築が期待できます。また、CO2電解によるギ酸生成の実用化に必要とされる、300 mA cm–2級の電流密度での選択的ギ酸生成[参考文献2]も実現できたことから、電気エネルギーを活用したCO2還元の新たな方向性も見えてきました。
付記
本研究は、神谷和秀准教授、石割文崇講師、佐伯昭紀教授(大阪大学)、田中大輔教授(関西学院大学)らと共同で行われました。また、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(JPMJCR20R2)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP16H06441、JP20J13900、JP20H02577、JP22H05148)、新化学技術研究奨励賞ステップアップ賞の助成を受けて行われました。
参考文献
- [1]
- Yoshinobu Kamakura, Shuhei Yasuda, Naoki Hosokawa, Shunta Nishioka, Sawa Hongo, Toshiyuki Yokoi, Daisuke Tanaka, Kazuhiko Maeda, ACS Catal. 2022, 12, 10172–10178.
- [2]
- T. Liu, K. Ohashi, K. Nagita, T. Harada, S. Nakanishi, K. Kamiya, Small 2022, 18, 2205323.
用語説明
- [用語1]
- 配位高分子:金属イオンの周囲に、配位子と呼ばれる有機物からなる分子やイオンが結合した基本ユニットが、配位結合を介して無限に連なった構造を有する固体。使用する金属と配位子の組み合わせによって、さまざまな性能を発現する。特殊な触媒などとしても使用される。
- [用語2]
- 光触媒:触媒とは、化学反応を起こす物質と同時に存在することで、反応速度を加速または遅滞させながらそれ自身は変化しない物質。光触媒は、照射された光を吸収することによって化学反応を促進する触媒としての機能を持った物質のこと。
- [用語3]
- 可視光:波長の範囲が400 nm〜800 nm程度の、人間の眼で見ることのできる光線。
- [用語4]
- ギ酸:分子式HCOOHで表されるもっとも単純なカルボン酸。適当な触媒を用いれば、水素(H2)とCO2に分解できるため、貯蔵や輸送に困難を伴う水素のキャリア物質として注目されている。
- [用語5]
- マイクロ波:電磁波の一種で、波長が約1 mm~1 m(周波数300 MHz~300 GHz)のものを指す。電子レンジにも利用される。
- [用語6]
- 電荷再結合:固体光触媒を拡散する電子(あるいは正孔)を捕捉して、対のキャリア(電子ならば正孔。正孔ならば電子。)と結合すること。電荷再結合は固体中の部位で起こりやすく、例えば固体中で特定の原子が欠損した格子欠陥は、電子と正孔の再結合中心として働くことが多い。
- [用語7]
- 量子収率:ある反応系が吸収した光子数に対して、生成物を生成するために使用された電子数の割合のこと。反射等の理由で反応系が吸収した光子数を厳密に計数できない場合は、“みかけの量子収率”として、入射光子を全吸収したという仮定のもとに計算される。
- [用語8]
- 電極触媒:電気化学反応場となって反応を促進する物質。例えば、水電解における白金電極は代表的な電極触媒である。
- [用語9]
- 比表面積:単位質量あたりの表面積。一般的に、比表面積の値が大きいと、反応が進行する場所が単位質量あたりで増加し、そのために触媒活性が向上する。
- [用語10]
- 選択率:化学反応を行った際に生成される複数の生成物の全量に対する、目的生成物の割合。
- [用語11]
- ファラデー効率:電気化学反応における電流量の総和に対する、特定の生成物を与えるのに寄与した部分電流量の割合。
論文情報
- 掲載誌:
- Advanced Functional Materials
- 論文タイトル:
- Fibrous Pb(II)-Based Coordination Polymer Operable as a Photocatalyst and Electrocatalyst for High-Rate, Selective CO2-to-Formate Conversion
- 著者:
- Chomponoot Suppaso, Ryosuke Nakazato, Shoko Nakahata, Yoshinobu Kamakura, Fumitaka Ishiwari, Akinori Saeki, Daisuke Tanaka, Kazuhide Kamiya,* Kazuhiko Maeda*
研究者プロフィール
前田和彦 Kazuhiko MAEDA
東京科学大学 理学院/総合研究院 自律システム材料学研究センター 教授
研究分野:光化学、触媒化学
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- 2024年12月5日 13:35 本文中の誤記を修正しました。
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