地球環境と健康、食とウェルビーイング、そして「歩ける」「動ける」未来――。
2026年5月23日(土)、ホームカミングデイ2026 in 大岡山で開催された「VI Agora―わたしたちの未来を研究者と語ろう」では、わたしたちの暮らしに身近なこれらのテーマを入り口に、研究者と来場者が「ありたい未来」について語り合いました。会場には卒業生やそのご家族、地域の方々など約200人が来場しました。対話の中で生まれた共感や応援のメッセージは、「未来メッセージアート」として一つの作品に形づくられました。
Visionary Initiatives(VI)とVI Agoraとは
Science TokyoのVisionary Initiatives(VI:ビジョナリー・イニシアティブ)は、研究者が専門分野の枠を超えて協働し、未来像(ビジョン)を起点に研究を進める新しい研究・教育推進体制です。VI Agora(ブイアイ・アゴラ)は、このVIや未来社会について、展示や対話を通じて考え、語り合うひらかれた場です。「Agora」は、人々が集まり語り合った古代ギリシャの広場に由来しており、大学と社会が未来について対話する場にしたいという思いが込められています。
研究者ミニトーク:研究者と語る「わたしたちの未来」
「研究者ミニトーク」では、VIに参画する研究者が、研究を通じて目指すビジョンとその実現に向けた取り組みを紹介しました。子どもから大人まで幅広い参加者が質問を寄せ、活発な対話が生まれました。
Part 1:地球の環境と健康はどうつながる?
那波伸敏(なわ・のぶとし) 医歯学総合研究科 地球環境医学分野 教授 / 未来社会創成研究院 ウェルビーイング創成センター長
担当VI:GX Frontier 「グリーントランスフォーメーションで持続可能な未来を実現する」
那波教授は小児科医として臨床現場に立ちながら、「地球環境が健全で、人も健康でいられる未来」を目指し、科学的根拠にもとづいた行動変容や政策につなげる研究を進めています。トークでは、暑さや大気汚染などの環境変化が私たちの健康や医療にどう影響するのか、具体的なデータとともに紹介しました。
全国入院データの分析からは、暑い日の健康リスクが熱中症だけでなく、虫刺されなどによると思われるアナフィラキシーの増加としても表れることが示されました。また、那波教授が主導する国際共同研究として、冬季に深刻な大気汚染が生じるキルギスでの取り組みも紹介されました。測定点の少なさを衛星データと機械学習で補い、汚染分布を測定して政策や住民の行動につなげることを目指しています。さらに、気候変動対策を社会に広げるには何が有効か、1万人規模の調査データを用いた社会シミュレーションによる検証も話題に上りました。
こうした研究を社会につなげる動きは、若い世代にも及んでいます。Science Tokyoの片桐碧海(かたぎり・あおみ)特任助教が関わる一般社団法人 Reaching Zero-Dose Childrenは、公衆衛生の研究成果を政治家に直接提言する取り組みを進めており、その活動も紹介されました。
参加者との対話
参加者からは、子どもの暑さ対策や蜂刺され・アナフィラキシーへの対応など、「今日からの備え」につながる質問が多く寄せられました。那波教授は、子どもは大人よりも、体温調節の機能が未発達であることなど暑さに弱いこと説明しました。蜂刺されについては、刺された直後に重症化の見通しを立てにくい点に触れ、症状に応じて速やかに医療機関に相談ことを呼びかけました。
加えて、AIを研究に組み込む際の検証の重要性にも関心が集まりました。那波教授は、AIを「使うこと」自体が目的ではなく、調査データや行動科学の理論との整合性を丁寧に確かめることが研究者の責務だと語りました。さらに、気候変動による疾患パターンの変化を見据えた医師教育や受け入れ体制、薬剤備蓄のあり方など、医療の現場と社会の仕組みにまたがる論点へと話題が広がりました。
Part 2:なぜ「食」は人を幸せにするのか~「食場(しょくば)」がつくるwell-beingの未来
木村英一郎(きむら・えいいちろう)環境・社会理工学院 教授 / イノベーションデザイン機構 機構長
担当VI:Innovative-Life Society 「サイバー・フィジカル空間で共創社会を開拓する」
木村教授は、「食」は栄養を摂るためだけではなく、人と人をつなぎ、幸福感(well-being:ウェルビーイング)を生み出す営みであるという視点で語りました。おいしさは基本的な味だけで決まるのではなく、香りや食感、体調、そして「誰とどこで食べるか」といった環境によっても大きく変わることから、木村教授は、食に関する様々な場=「食場(しょくば)」そのものがwell-beingを左右する重要な要素になると強調しました。
話題は、およそ100年前に日本人研究者が発見した「うま味」の研究史や、うまみ調味料であるグルタミン酸ナトリウム(MSG)をめぐる風評とエビデンスにも及びました。木村教授は、科学的根拠に基づくコミュニケーションが社会の受け止めを大きく変え得ると指摘しました。
さらに、食体験が幸福感を生むメカニズムを脳科学(MRI等)で解明し、well-beingの定量化に挑む研究や、農業の上流から消費までのフードシステム全体をデジタル技術でつなぐ「デジタル・フード・プラットフォーム構想」も紹介されました。ドローンやロボットなどの技術が食の世界を変えつつある中で、異分野・異業種を巻き込みながらエコシステムをつくり、食を通じて人々のつながりを未来へ受け継ぐビジョンが語られました。
参加者との対話
参加者からは、「おいしさや満足感はどこまで数値化できるのか」「ウェルビーイングをどう測るのか」「MSGが誤解されてきた背景は何か」といった質問が相次ぎました。なかでも印象的だったのは、子どもからの質問です。「将来ロボットを作りたい。食の分野でロボットはどう活用されているのか知りたい」という問いに対し、木村教授は、ドローンによる田植え・農薬散布や収穫、トマト収穫ロボット、果物の選別機械、無人配送ロボットなどを例に挙げ、技術が食の未来を支える広がりを紹介しました。未来を担う子どもからの発言に、会場は温かな雰囲気に包まれました。
Part 3:「歩ける・動ける」がつくる未来~整形外科医療が30年後の日本を救う!?
吉井俊貴(よしい・としたか)医歯学総合研究科 整形外科学分野 教授 / 東京科学大学病院 副病院長
担当VI:Total Health Design 「科学はすべての人の健康と福祉のために」
吉井教授が目指すのは、高齢になっても元気に暮らし、学び、働き続けられる社会です。そのために整形外科医療を治療や暮らしの質(QOL)の向上にとどまらず、社会の活力や生産性にもつながる取り組みとして広くとらえています。旧東京医科歯科大学と旧東京工業大学の統合前から医工連携による研究に取り組んできた吉井教授は、人工骨の共同開発、スマートフォンを用いたAR(拡張現実)人工関節手術、衝撃吸収マットなど、具体的な成果を写真や3Dモデルを交えて紹介しました。治療から予防・リハビリまで含め、「動ける」を支える取り組みが語られました。
吉井教授はさらに、「人生百年時代」が現実味を帯びる中、高齢期も元気に「歩ける・動ける」ことは「働ける・社会活動を続けられる」ことに直結すると強調しました。運動器医療は30年後の日本を支える基盤になり得る―そうした展望と共に、VIを通じて医工連携をさらに加速させたいという意欲が語られました。
参加者との対話
質疑応答では、姿勢や首・腰の負担、運動や入浴との付き合い方、膝軟骨の再生治療、人工関節を選ぶタイミングまで、日常に根差した幅広い質問が寄せられました。人工関節については、耐久性が大きく向上しており、状態に応じて適切に選択することでQOLや活動性の維持につながるという説明に、参加者が大きくうなずく場面が見られました。
医工連携をめぐる議論では、国産の医療機器・診断ツールを生み出し社会実装していくことの重要性が語られました。安全性を確保しながら開発を加速する制度設計、そして研究者・臨床医・企業が早い段階からつながる文化づくりが鍵であると強調。Science Tokyoならではの医工連携を通じて「Made in Japan」の医療イノベーションを育て、30年後の暮らしを支える基盤をつくる―そんな展望が会場全体で共有されました。
未来をともに描くための仕掛け
会場では、各VIのビジョンをイラストで表現したパネルや、プログラム・ディレクター(PD)からのメッセージ、研究者ミニトークの紹介ポスターなどが並び、足を止めて読み込む姿が多く見られました。
参加型コンテンツ「推しVI診断アプリ」は、5つの質問に答えることで自分の興味に近いVIが見つかる仕組みです。診断結果を手がかりに展示を見比べたり、結果を見せ合いながら会話を弾ませたりする姿も見られ、VI Agoraで過ごす人々同士の対話へとつながりました。
「未来メッセージアート」には、研究者への応援や共感、未来への期待など、多くの声が寄せられました。環境、食、健康――テーマは異なっていても、その根底にあったのは「よりよい未来をつくりたい」という思いです。VI Agoraはその思いが集まる場として、Science Tokyoと社会のあいだに確かなつながりを生み出しました。
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