ポイント
- 世界最高精度の分散エネルギーシステム電力需要予測法を開発。
- 機器のOn/Offデータのエンコード処理を開発し、ニューラルネットワークモデルに適用。
- 追加センサーが不要なため、脱炭素を目指す電力市場に信頼性の高い調整力を低コストで提供。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系のヒョジェ・リー(Hyojae Lee)博士課程学生、伊原学教授、セルゲイ・マンゾス(Sergei Manzhos)准教授、亀田恵佑助教らの伊原・Manzhos研の研究チームは、On/Offデータを使って分散エネルギーシステムの電力需要を世界トップレベルの精度で予測エンコード法[用語1]を開発しました。
ネットゼロ社会の実現には、変動型再生可能エネルギー[用語2]を主電源とする分散型エネルギーシステム(DES)[用語3]の導入拡大が求められています。しかし小規模なDESでは、人間活動に起因する電力需要が頻繁に変動するため、需給バランスの予測や制御が困難です。一方、エネルギービッグデータ[用語4]は高精度な予測を可能にしますが、センサーの設置コストの増加や高次元特徴空間におけるデータの密度低下により、有効活用が困難という問題がありました。
本研究ではこれらの問題に対処するため、機器のOn/Ofデータを用いた「グループ・エンコード(GE)」というカテゴリカル変数[用語5]のエンコード処理を提案しました。このGEでエンコード後の値とその時点の電力値をニューラルネットワークモデルに用いることで、将来時間における電力需要予測を世界トップレベルの精度で実現しました。今回開発した予測法は、追加センサーの設置が不要なため、分散エネルギーシステムの電力需要を低コストで予測できます。電力市場に低コストに信頼性の高い調整力を提供できることから、変動型再生可能エネルギー電源中心のエネルギーシステムへのシフトへの貢献が期待できます。
本成果は、5月5日付の「Applied Energy」誌オンライン版に掲載されました。
背景
ネットゼロ社会の実現を目指す取り組みの一環として、最近では、変動型再生可能エネルギーを主電源とする分散型エネルギーシステム(DES)の導入拡大が求められています。しかしDESでは、小規模なシステムの場合には、人間活動に起因する電力需要の頻繁な変動があるため需給バランスの予測や制御が困難です。一方でエネルギービッグデータを利用すると高精度な予測が可能になりますが、センサーの設置コストの増加や高次元特徴空間におけるデータの密度低下により、有効に活用することが難しいことが課題でした。こうした問題に対処するため、研究チームはDESの電力需要予測を高精度で行える新たな手法の開発に取り組みました。
研究成果
本研究では、機器をグループ分けしてOn/Offデータを数値化することで、DESの電力需要予測を世界最高精度で実現するカテゴリカル変数のエンコード法「グループ・エンコード」(GE)を開発しました。このGEを、機器のOn/Offステータスを示す高次元バイナリデータに適用し、エンコード後の値とその時点の電力値をニューラルネットワークモデルに用いることで、将来時間における電力需要予測を行います。図1にグループ・エンコードの概要を示します。本エンコードでは、まず、On/Offステータスを示す各機器をその種類、属性で分類し、さらに各グループに対して重みづけした値を線型結合で数値化します。GEでは、重要な情報を失うことなく実質的に次元を削減でき、高次元特徴空間におけるデータ密度の低下という問題を解決できます。またOn/Offデータは一般的なビルエネルギー管理システム(BEMS)[用語6]から取得できるため、追加センサーの設置の必要がありません。

研究チームはこのGEの有効性を、東京科学大学 大岡山キャンパスで開発実証研究が行われているインテリジェントエネルギーシステム「Ene-Swallow®︎」[用語7][3]が取得したエネルギービッグデータを用いて検証しました(図2 東京科学大学で開発実証されるエネスワローデジタルツインと利用したデータの概要を示す)。この評価には、様々な予測先時間に使用可能な1分ごとの高時間分解能データを用いました。GEを用いた場合、カテゴリカル変数の一般的なエンコード法であるラベル・エンコードと比較して、1分先の予測においてMAE(平均絶対誤差)が74%も改善しました。図3に、2019年7月のEEI棟(環境エネルギーイノベーション棟)における1分先電力需要予測の比較を示します。さらに60分先の予測では、数値データを使った予測を含む単一ビルの他の予測の精度を上回り、世界トップの電力予測精度である3.27%のMAPE(平均絶対パーセント誤差)を達成しました。この結果から、今回開発したGEは、2024年度から本格的に運用が開始された需給調整市場での、様々な調整力商品の売買に利用できることが確認できました。


[i] LE(一般的なラベル・エンコーディングによる電力需要予測) vs [iii] GE(開発したグループ・エンコーディングによる電力需要予測、現在時刻の電力値も利用)の1分先電力需要予測の比較
(a)予測期間全体、(b)予測期間中12時間における拡大図
社会的インパクト
GEで使用するデータは、機器の制御には必ず使われる基本的なデータである、各機器のOn/Offデータのみであることから、予測のための追加センサーの設置が不要です。このためGEでは、DESの電力需要予測を低コストで実現できます。これにより、電力市場に信頼性の高い調整力を低コストで提供できるようになり、変動型再生可能エネルギー電源を中心としたエネルギーシステムへのシフトへの貢献が期待できます。
今後の展開
今後は再生可能エネルギー電源中心のエネルギーシステムへの変革に向けて、今回開発したGEを、世界初の大容量コンパクト蓄電池であるカーボン空気二次電池(CASB)システム[用語8] [参考文献1、2]の制御システムとなるインテリジェントエネルギーシステム“Ene-Swallow®︎ ”[参考文献3]に実装します。さらに、CASBの実用化を目指して、スタートアップの設立などを計画しています。
付記
科学技術振興機構 未来社会創造事業「次世代情報社会の実現」領域(エネルギービッグデータをコアとするカーボンニュートラルデジタルツイン、研究代表者:伊原学)にて実施されました。
参考文献
- [1]
- Keisuke Kameda, Sergei Manzhos and Manabu Ihara, "Carbon/air secondary battery system and demonstration of its charge-discharge", Journal of Power Sources, 516, (2021), 230681
DOI:10.1016/j.jpowsour.2021.230681 - [2]
- M. Ihara, K. Matsuda, H. Sato and C. Yokoyama, Solid state fuel storage and utilization through reversible carbon deposition on an SOFC anode, Solid State Ionics, 175(1-4), (2004), 51-54
- [3]
- T. Okubo, T. Shimizu, K. Hasegawa, Y. Kikuchi, S. Manzhos and M. Ihara, "Factors affecting the techno-economic and environmental performance of on-grid distributed hydrogen energy storage systems with solar panels", Energy, Volume 269, (2023), 126736
用語説明
- [用語1]
- エンコード法: カテゴリーやラベルを数値に変換する方法。
- [用語2]
- 変動型再生可能エネルギー:太陽電池や風力発電など、安価に供給できるが、発電量を直接制御できない再生可能エネルギー。
- [用語3]
- 分散型エネルギーシステム:大規模発電所からの電力だけでなく、中小規模の電源をもち、需要家に電力を供給しているエネルギーシステム。
- [用語4]
- エネルギービッグデータ:エネルギー消費や発電関連の機器から取得される大量のデータ。カテゴリカル変数と数値データが含まれる。
- [用語5]
- カテゴリカル変数:値が数値ではなく、カテゴリーやラベルで与えられる変数。
- [用語6]
- ビルエネルギー管理システム(BEMS):オフィスビルや商業ビルなどの一定規模以上のビルで、電気・空調・照明・給湯などのエネルギー使用を管理・制御するために一般的に設置されているシステム。
- [用語7]
- インテリジェントエネルギーシステム“Ene-Swallow®︎ ”:14,000pt以上のエネルギービッグデータを1秒または1分間隔にて収集する、世界トップレベルのデータ収集能力を有するインテリジェントシステム。東京科学大学 大岡山キャンパスの環境エネルギーイノベーション棟(EEI棟)を中心に開発実証されている。
- [用語8]
- カーボン空気二次電池(CASB)システム:炭素と酸素が反応してCO2になる際のギブズエネルギー差を利用して、伊原、亀田らが世界で初めて充放電に成功した蓄電池。大容量コンパクトな次世代蓄電池として期待されている。
論文情報
- 掲載誌:
- Applied Energy
- タイトル:
- A novel encoding method for high-dimensional categorical data for electricity demand forecasting in distributed energy systems
- 著者:
- HyoJae Lee, Keisuke Kameda, Sergei Manzhos and Manabu Ihara
研究者プロフィール
ヒョジェ・リー HyoJae Lee
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 博士課程学生
(エネルギー・情報卓越教育院 博士課程学生)
研究分野:エネルギービッグデータを活用した電力需要予測
伊原 学 Manabu IHARA
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
(エネルギー・情報卓越教育院 教育院長、新産業創成研究院 InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアム 代表)
研究分野:エネルギーシステム、電気化学デバイス、エネルギービッグデータ科学
セルゲイ・マンゾス Sergei Manzhos
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 准教授
研究分野:計算化学、機械学習
亀田 恵佑 Keisuke KAMEDA
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 助教
研究分野:カーボン空気二次電池システム、電気化学