どんな研究?
新型コロナ感染症の蔓延が、わたしたちの生活に大きな影響を及ぼしたことはまだ記憶に新しいでしょう。ウイルスからわが身を守るために、研究者たちはさまざまな方法を模索してきました。中でも、抗菌・抗ウイルス効果をもつ素材は注目を集め、医療や日用品への応用が期待されてきました。
そのような背景のもと、東京科学大学(Science Tokyo)の宮内雅浩(みやうち・まさひろ)教授らは、ホウ化水素(HB)ナノシートの新しい可能性を見出しました。

HBナノシートは筑波大学の近藤剛弘(こんどう・たかひろ)教授が合成に成功した新物質で、安全で軽い水素貯蔵材料、電池の負極、センサー、触媒などへの応用が進められてきました。しかし、ウイルスや細菌、真菌といった微生物との関係については、これまでほとんど研究されていませんでした。
宮内教授らの研究チームは、HBナノシートの抗ウイルス・抗菌効果を世界で初めて検証しました。そして、HBナノシートがウイルスや菌、さらにはカビにまで、強力かつ幅広く作用することを明らかにしました。
ここが重要
透明なHBナノシートの膜をコートしたガラス板に、新型コロナウイルス、インフルエンザウイルス、大腸菌、黄色ブドウ球菌を接触させたところ、いずれも10分以内で感染力のある個体数が検出限界以下まで低下しました。
ウイルスの飛沫感染の環境を想定した実験でも、高い抗ウイルス効果を発揮しました。つまり、ドアノブやタッチスクリーンなどに付着しているウイルスを撃退できることが分かったのです。また、カビに対しても繁殖を抑制する効果が確認でき、身のまわりの清潔を保つ部材への応用も期待できます。
さらに重要なのは、そのメカニズムです。研究チームは、HBナノシートが微生物のタンパク質と強く結びつき、それを変性させて機能を失わせることを突き止めました。また、細胞への毒性はほとんどないことがわかっています。
今後の展望
この素材は、日常生活で我々が触れるドアノブや壁などだけでなく、スマートフォンやタブレットの画面、衣類、医療機器などに、透明度を保てるほど薄くコーティングするだけで、「病原体の拡散を防ぐ見えない盾」となる可能性があります。
感染症のパンデミック対策だけでなく、抗生物質に頼らない新しい公衆衛生技術としても社会への貢献が期待されます。
研究者のひとこと
HBナノシートについては、もともと水素貯蔵材料への応用研究を進めていたのですが、その過程でこの物質が有機分子と強く相互作用することがわかりました。そこから、「微生物に対しても作用するのでは?」と着想し、今回の成果が生まれました。
新物質には様々な応用の可能性があります。その可能性を引き出すためには、自分とは異なる専門家との共同研究が不可欠です。この物質を発明した筑波大学の近藤剛弘先生、そして、抗ウイルス特性等を評価をしていただいた神奈川県立産業技術総合研究所の皆さまに感謝いたします。
(宮内雅浩:東京科学大学 物質理工学院 材料系 教授 )

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