2014年から2022年における日本の乳児の虐待による頭部外傷(AHT)入院発生率は横ばい
COVID-19流行や男性育児休業取得率の上昇との明確な関連は認められず
ポイント
- 全国のDPCデータを用いた解析により、乳児の虐待による頭部外傷(AHT)の入院発生率は、2014年から2022年まで大きな増減を示さず、依然として継続的な疾病負担となっていることを明らかにしました。
- 約1,040万人年分の乳児データを解析した結果、COVID-19パンデミックによる社会的混乱や、男性の育児休業取得率の上昇とAHT発生率との間に明確な関連は認められませんでした。
- AHTの予防には啓発活動だけでなく、周産期メンタルヘルス支援や保護者の休息支援など、保護者を支える包括的な支援体制の整備が重要であることが示されました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野の藤原武男教授と生命情報応用学分野の河原智樹助教らの研究チームは、2014年から2022年における日本の乳児(1歳未満)の虐待による頭部外傷(AHT:Abusive Head Trauma)[用語1]の入院発生率が、統計学的に有意な増減を示さず、横ばいで推移していることを明らかにしました。
本研究では、全国の診断群分類包括評価(DPC)データベース[用語2]を用いて、1,040万人年分の乳児データを後方視的に解析しました。その結果、確度が高いとされるAHT疑い(presumptive AHT)の発生率は、2014年の人口10万人あたり7.9人から2022年には10.5人へと推移したものの、有意な年次トレンドは認められませんでした(P for trend = 0.91)。この結果は、先行研究で示された2010〜2013年の全国推計値(10万人あたり約7〜8人)[参考文献1]と比較しても、AHTによる疾病負担が依然として継続していることを示しています。
さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによる社会的混乱や、全国的な男性の育児休業取得率の上昇といったマクロな環境変化とAHT発生率との間にも、有意な関連(association)は認められませんでした。
本成果は、乳児のAHT予防において、知識提供を中心とした啓発活動だけでなく、具体的な産後ケア[用語3]へのアクセス経路を確保するなど、包括的かつ構造的な支援体制の整備が不可欠であることを示しています。本研究成果は、5月30日付の「Child Abuse & Neglect」誌に掲載されました。
背景
AHTは、乳児期における致命的な虐待の主な原因の一つであり、生存した場合でも生涯にわたる神経発達障害をもたらすことが多い重篤な外傷です。日本では2013年以降、泣き止まない乳児への対応や揺さぶり防止に関する啓発キャンペーンが推進されてきましたが、その後の全国的な発生率の推移は明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、2014年から2022年までを対象期間として、AHTの全国的な発生率の推移を調査するとともに、COVID-19パンデミックによる社会的ストレスの増大や、男性の育児休業取得率の急増といった社会環境の変化が、AHT発生率にどのような影響を及ぼしたか(集団レベルでの関連性)を評価しました。
研究成果
1歳未満の乳児を対象に解析を行った結果、755件のAHT疑い(presumptive AHT)[参考文献2]による入院と、5,019件のAHT可能性(possible AHT)による入院が確認されました。
さらに、COVID-19流行期(2020~2022年)と流行前(2014~2019年)の発生率を比較したところ、発生率比は0.95(95% CI 0.81–1.12)であり、流行前後で明らかな発生率の変化は認められませんでした。
また、男性の育児休業取得率は調査期間中に2.3%から17.1%へと着実に上昇しましたが、AHT入院発生率との間に統計学的に有意な関連は認められませんでした(ρ = 0.15, P = 0.70)[参考文献3]。
出生数の減少や国を挙げた予防啓発キャンペーンの実施にもかかわらず、乳児における重症AHTの入院発生率は減少していないことが、全国規模のデータから明らかになりました。この結果は、保護者への一時的な知識提供だけでは、AHTの予防に必要な行動変容につながっていない可能性を示しています。
社会的インパクト
AHTを効果的に予防するためには、啓発活動に加え、子育て中の保護者のストレス軽減を支援する社会資源へのアクセスを充実させることが重要です。具体的には、周産期のメンタルヘルス支援や保護者が休息を取れる支援体制の整備など、より実践的かつ継続的な支援が求められます。
今後の展開
今後は、男性の育児参加が家庭内におけるAHTリスクの低減につながるのか、あるいは特定の状況下ではリスクを高める可能性があるのかについて、個人レベルのデータを用いて詳細に検証する必要があります。
また、啓発活動と構造的な支援策を組み合わせた予防戦略を構築し、その実社会での有効性を評価していくことが重要です。特に、支援がどの程度対象者に届いているか(到達度)、計画どおりに実施されているか(忠実度)、十分な介入が提供されているか(介入量)といった観点から、効果を厳密に検証していくことが求められます。
参考文献
- [参考文献1]
- Yamaoka Y, Fujiwara T, Fujino Y, Matsuda S, Fushimi K.:Incidence and Age Distribution of Hospitalized Presumptive and Possible Abusive Head Trauma of Children Under 12 Months Old in Japan. J Epidemiol. 2020;30(2):91-97. doi: 10.2188/jea.JE20180094. PMID: 30713261.
- [参考文献2]
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC):Pediatric Abusive Head Trauma: Recommended Definitions for Public Health Surveillance and Research. Atlanta, GA: CDC; 2012.
- [参考文献3]
- Klevens J, Luo F, Xu L, Peterson C, Latzman NE.:Paid family leave's effect on hospital admissions for pediatric abusive head trauma. Inj Prev. 2016;22(6):442-445. doi: 10.1136/injuryprev-2015-041702.
用語説明
- [用語1]
- 虐待による頭部外傷(AHT: Abusive Head Trauma):意図的な鈍的衝撃や激しい揺さぶりによって生じる頭部または頸部の外傷。乳児虐待による死亡原因の主要な要因の一つであり、生存した場合でも重度の神経発達障害が残ることが少なくない。
- [用語2]
- 診断群分類包括評価(DPC: Diagnosis Procedure Combination)データベース:日本の急性期入院医療を対象とした診療情報データベース。全国の高度急性期病院や小児病院の半数以上の退院情報や傷病名(ICD-10コード)を収録しており、重症小児外傷の発生状況を把握するうえで高い網羅性を有している。
- [用語3]
- 産後ケア(Postpartum care):出産後の母親や家族を支援するためのサービス。育児に関する相談や心身のケア、休息の機会の提供などを通じて、育児負担の軽減や母子の健康維持を支援する。
論文情報
- 掲載誌:
- Child Abuse & Neglect
- タイトル:
- Incidence of hospitalized abusive head trauma among infants in Japan, 2014–2022
- 著者:
- Tomoki Kawahara, Yui Yamaoka, Kiyohide Fushimi, Takeo Fujiwara
研究者プロフィール
河原 智樹 Tomoki Kawahara
東京科学大学 医歯学総合研究科 生命情報応用学分野 助教
研究分野:小児科学、社会疫学、公衆衛生学
山岡 祐衣 Yui Yamaoka
東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 プロジェクト講師
研究分野:公衆衛生学、虐待ネグレクト予防、親子支援
藤原 武男 Takeo Fujiwara
東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 教授
研究分野:社会疫学、予防医学
関連リンク
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東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野
教授 藤原 武男
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