ポイント
- 40症例の食道がん(ESCC)患者から、計24系統の食道がんオルガノイド(ESCCO)を樹立。そのうち7系統は化学療法に対する抵抗性を示した(化学療法抵抗性ESCCO)。
- 化学療法抵抗性ESCCOでは、抗酸化ストレス応答が亢進していることを確認。
- 化学療法抵抗性ESCCの診断に有用なバイオマーカーを特定。
- 化学療法抵抗性ESCCOを死滅させる治療薬候補として、フェドラチニブを抽出。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所の樗木俊聡教授と佐藤卓元准教授(現・日本医科大学教授)らの研究チームは、本学 消化管外科学分野および包括病理学分野、慶應大学、都立駒込病院との共同研究により、40症例の食道がん(ESCC)[用語1]患者から、ESCCオルガノイドライブラリー[用語2]を樹立しました。このライブラリーには、7症例の化学療法剤抵抗性オルガノイド株が含まれており、それらが抗酸化ストレス応答[用語3]の亢進を示すことを明らかにしました。
食道がんは食道粘膜に発生するがんであり、最も予後不良ながんの一つです(世界で罹患率7位、死亡率6位)。また、日本人の食道がんのほとんどは食道扁平上皮がん(ESCC)に分類されます。近年、外科的切除、化学療法[用語4]、放射線療法を組み合わせた集学的治療により、ESCC患者の死亡率は改善しているものの、しばしば治療抵抗性ESCCクローンの増殖による再発が起こります。しかし、再発したESCCに対して有効な治療法は確立されていません。
これらの課題を克服するため、本研究では、多症例のESCC患者から、患者ごとのESCCの性状の違いを再現可能な「ESCCオルガノイドライブラリー」を樹立しました。このライブラリーには、化学療法感受性のものが17症例、抵抗性のものが7症例含まれています。詳細な解析の結果、前述の通り化学療法抵抗性機構の一端が解明され、化学療法抵抗性ESCCの診断に有用なバイオマーカー[用語5]や、有望な治療薬候補の発見につながりました。
本成果は、4月1日(ロンドン時間午前10時)に「Communications Biology」誌へオンライン掲載されました。
背景
食道がん(ESCC)は、世界で罹患率が7位、死亡率が6位であり、治療後の5年生存率は55~63%程度と、予後不良ながんの一つです。[参考文献1-4]ESCCは扁平上皮がんと腺がんに分類されますが、日本を含む東アジアでは9割以上が扁平上皮がんです。
近年の食道がん治療は、外科的切除に加え、シスプラチンや5-FUを用いた化学療法、放射線療法を組み合わせた集学的治療が一般的に行われています。こにより死亡率は改善傾向にありますが、しばしば治療抵抗性がん細胞クローンの増殖による再発がみられ、再発がんに対する治療効果は限定的です。また、ESCCの外科的切除は、食事や嚥下障害、逆流性食道炎、発音障害、呼吸機能障害など、術後の患者QOL[用語6]を大きく低下させる要因となります。したがって、ESCCの治療抵抗性機構を明らかにし、診断や治療法の開発につなげることが求められています。
近年、患者間の腫瘍性状の違いを再現できる新しいモデルとして、患者由来のがんオルガノイドが確立され、患者ごとの抗がん剤スクリーニングやがんの性状解析に有用であることが示されています。[参考文献5]これまでに、さまざまながん種でオルガノイドが樹立されてきました[参考文献6-8]が、食道がんオルガノイド(ESCCO)の樹立に関する報告は少なく、詳細な解析も十分に行われていませんでした。
研究成果
私たちは、ESCC患者40人から、それぞれのESCC組織を再現するESCCオルガノイド(ESCCO)24系統および正常食道オルガノイド(ENO)40系統を樹立することに成功しました(図1)。これらESCCOは、in vitroおよびin vivo異種移植モデル[用語7](ESCCOを免疫不全マウスに移植して作製)において、原発食道がん組織の性状を正確に再現しました。また、ESCCO24系統のうち、17系統はシスプラチンおよび5-FUによる処理に対して感受性を示し死滅しました(化学療法感受性ESCCO)が、一方で7系統は抵抗性を示し生存しました(化学療法抵抗性ESCCO)。

注目すべき点として、化学療法抵抗性ESCCOは、化学療法感受性ESCCOと比較して、抗酸化ストレス応答に重要なNRF2経路[用語8]が活性化しており、ALDH3A1, SPP1, TXNRD1を含む13種類のNRF2標的遺伝子[用語9]の発現が有意に亢進していました(図2)。
この結果に基づき、通常病理診断に用いられる食道がん患者の腫瘍組織切片を用いて、NRF2標的遺伝子(ALDH3A1, SPP1, TXNRD1)のmRNA発現を検討しました。興味深いことに、化学療法抵抗性ESCCOと判定された患者の原発腫瘍組織ではNRF2標的遺伝子の発現が認められたものの、感受性ESCCOと判定された患者の原発腫瘍組織では全く検出されませんでした。これらの結果は、
①NRF2標的遺伝子が化学療法抵抗性のバイオマーカーになり得ること
②ESCC患者の腫瘍組織切片でこのバイオマーカー発現を調べることで、化学療法抵抗性を予測できる可能性があることを示唆しています(図2)。
さらに、ESCCOライブラリーを用いて、化学療法抵抗性ESCCOを死滅させる薬剤の探索を行いました。すでに臨床応用されている27種類のキナーゼ阻害剤に対する化学療法抵抗性ESCCOの反応性を評価した結果、JAKキナーゼ特異的阻害剤フェドラチニブが、シスプラチンおよび5-FUよりも効果的に化学療法抵抗性ESCCOを死滅させることが明らかになりました。フェドラチニブは、骨髄線維症や頭頸部扁平上皮がんへの治療効果も報告されており、有望な治療薬候補であることが示唆されました(図2)。

各オルガノイド株の化学療法剤(シスプラチン、5-FU)に対する反応性を評価するとともに、オミックス解析(遺伝子変異、遺伝子発現、エピゲノム)により分子レベルの特徴を明らかにした。オルガノイド株間の比較解析から、恒常的な抗酸化ストレス応答亢進が、食道がんの化学療法抵抗性の主要なメカニズムであることが示唆され、この結果に基づき、化学療法抵抗性がんを病理組織で識別できるバイオマーカーを同定した。また、化学療法抵抗性オルガノイド株を薬剤スクリーニングモデルとして用い、化学療法抵抗性食道がんの治療候補薬剤としてフェドラチニブを同定した。
社会的インパクト
私たちは、ESCCオルガノイド(ESCCO)ライブラリーを樹立し、その中から化学療法抵抗性ESCCOを同定しました。化学療法抵抗性ESCCOでは、共通してNRF2標的遺伝子発現が増加していました。しかし、化学療法抵抗性ESCCOの中には、NFE2L2(NRF2をコードする遺伝子名)に変異を持たないものも含まれていました。この結果は、NRF2経路に加えて、他の経路がNRF2標的遺伝子発現を介して、一部のESCCOにおける化学療法抵抗性の誘導に関与している可能性を示唆しています。
私たちのESCCOライブラリーは、ESCCに対する新薬のスクリーニング、特に化学療法抵抗性ESCCを根絶できる候補薬の発見において、強力なツールとなります。また、化学療法の効果を予測できるバイオマーカーの同定にも有用です。私たちは、ESCC患者の原発腫瘍組織切片を用いて、化学療法抵抗性ESCCのバイオマーカーとしてNRF2標的遺伝子(ALDH3A1、SPP1、TXNRD1)を同定することに成功しました。
ESCC患者においては、バイオプシーや外科切除手術時の腫瘍組織切片を用いて、バイオマーカー発現有無を判定することで、有効な治療方針の決定が可能となります。さらに、効果のない化学療法を回避することで、患者のQOL改善につながることが期待されます。
今後の展開
私たちのESCCオルガノイド(ESCCO)ライブラリーは、化学療法抵抗性ESCCに対する新規創薬標的、バイオマーカー、および創薬スクリーニング・プラットフォームを発見するための重要なリソースとなります。
今後、さまざまなESCC患者から前向きにESCCOを樹立し、詳細に分析することで、効果的な個別化医療[用語10]の開発が加速することが期待されます。
付記
この研究は日本学術振興会科学研究費補助金、武田科学振興財団、高松宮妃癌研究基金研究助成、G-7奨学財団、AMED生命科学・創薬研究支援事業(BINDS)の支援のもとで行われたものです。
参考文献
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- Yang, H. et al. Long-term efficacy of neoadjuvant chemoradiotherapy plus surgery for the treatment of locally advanced esophageal squamous cell carcinoma: The NEOCRTEC5010 Randomized Clinical Trial. JAMA Surg. 156, 721-729 (2021).
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- [8]
- Xie X, Li X, Song W. Tumor organoid biobank-new platform for medical research. Sci Rep. 13, 1819 (2023).
用語説明
- [用語1]
- 食道がん:食道の内側を覆う粘膜に発生する予後不良ながん。飲酒、喫煙、熱い飲食物の摂取、食道への慢性的な刺激が原因とされる。主な治療法は外科手術、放射線治療、抗がん剤治療であるが、再発した場合は治療抵抗性を示すことが多い。
- [用語2]
- ESCCオルガノイドライブラリー:オルガノイドとは、組織の一部から作製される三次元構造体である(ミニチュアの臓器)。がんオルガノイドは、患者ごとのがんを試験管内に再現する“患者のがんのアバター”である。食道オルガノイドライブラリーは、異なる患者由来の食道オルガノイドを多数収集し、図書館のように保存したもの。
- [用語3]
- 抗酸化ストレス応答: 細胞内で発生した活性酸素種による酸化ストレスに対抗し、細胞の恒常性を維持するために酸化を防ぐ働きのこと。
- [用語4]
- 化学療法:がん治療の一つで、抗がん剤を用いた薬物療法。シスプラチンや5-FUは、がん細胞のDNA複製を阻害することで、がん細胞を死滅させる。
- [用語5]
- バイオマーカー:病気の有無、進行度、治療効果などを判断するための指標となる体内の物質や状態。
- [用語6]
- QOL(クオリティ・オブ・ライフ):人生の質や充実度を指し、健康や幸福の観点から評価される。
- [用語7]
- 異種移植モデル:ヒトの腫瘍細胞を免疫不全マウスに移植し、ヒトのがん組織を再現するために広く利用されるモデル。
- [用語8]
- NRF2経路:転写因子NRF2によって制御される一連の細胞応答。主に抗酸化ストレス応答や解毒作用に関与する。
- [用語9]
- NRF2標的遺伝子:転写因子NRF2によって発現が誘導される遺伝子群。抗酸化ストレス応答や細胞防御機構の活性化に関与する。
- [用語10]
- 個別化医療:患者ごとの遺伝子情報、体質、生活習慣などに基づき、その人に最適な治療法や予防策を選択する医療。
論文情報
- 掲載誌:
- Communications Biology
- タイトル:
- An organoid model of human esophageal squamous cell carcinomas (ESCCs) uncovers the chemotherapy-resistant ESCC features
- 著者:
- Shunsaku Nakagawa*, Taku Sato,* Eriko Ohashi*, Mihiko Kajita*, Fuyuki Miya, Kouhei Yamamoto, Hiroki Yotsumata, Kazuya Yamaguchi, Yasuaki Nakajima, Akinori Miura, Yusuke Kinugasa & Toshiaki Ohteki
*筆頭著者
研究者プロフィール
中川 俊作 Shunsaku NAKAGAWA
東京科学大学 消化管外科学分野 博士課程大学院生
研究分野:消化器がん、消化器外科学

佐藤 卓 Taku SATO
元東京医科歯科大学 難治疾患研究所 生体防御学分野 准教授
日本医科大学 大学院医学研究科 代謝・栄養学分野 大学院教授
研究分野:組織幹細胞学、がんオルガノイド

樗木 俊聡 Toshiaki OHTEKI
東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 生体防御学分野 教授
研究分野:免疫学、組織幹細胞学

関連リンク
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