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mRNA医薬品の新たな可能性:TPPを用いたナノカプセルで安定性向上

2024年10月1日 公開

アミンからトリフェニルホスホニウム(TPP)への置換がもたらす効率的なmRNA送達技術の進展と、その未来

どんな研究?

過去数十年にわたり、タンパク質の「設計図」であるメッセンジャーRNA(mRNA)を体内に投与し、それによって目標細胞に特定のたんぱく質を「強制的に」つくらせる革新的な手法が病気の治療法として考案されてきました。これらのmRNAを利用した治療法は、最近ではCOVID-19などの感染症に対するワクチンとして注目を集めました。
しかし、mRNAは非常に不安定な物質です。したがって、そのままの状態では、体内に投与してもすぐに壊れてしまいます。

アミン(左側)をトリフェニルホスホニウム(TPP)(右側)に置き換えて作られたmRNA輸送体は、標的細胞までしっかり届く

そこで、mRNAは通常、ナノサイズ*1の「カプセル」に入った状態で投与されます。この「カプセル」がmRNAを内包し保護するので、体内に投与されたあともmRNAが壊れることなく目的の場所まで運ばれます。ナノカプセルが標的の細胞と融合すると、初めて内部のmRNAが放出され、標的細胞で機能してたんぱく質を生成することが可能になります。
これまで最も一般的なナノカプセルは、アミンと呼ばれる有機化合物を利用し、アミンとmRNAの間に働く静電気の力を利用してつくられていました。しかし、体内で別の高分子と反応するとナノカプセル構造が壊れ、内包された物質を運ぶ効率が低いという課題がありました。
そこで、物質理工学院の安楽泰孝准教授らの研究チームは、従来仕様されてきたアミンとは別に、「トリフェニルホスホニウム(TPP)*2に着目し、より安定してmRNAを輸送可能にするナノカプセルをつくることに成功しました。

ここが重要

ナノカプセルを構成する物質として従来使われてきたアミンをTPPに置き換えることによって、より安定なカプセル構造が形成されることがわかりました。これは、TPPのプラスに帯電した部分が、マイナスに帯電したmRNAを効果的に引き寄せることで、カプセル構造が壊れにくくなったためだと考えられます。また、作成したナノカプセルをマウスに投与すると、がん細胞にmRNAが効率的に届けられ、mRNAを受け取った細胞でのタンパク質産生量も増加していることが確認できました。

今後の展望

従来利用されてきたアミンをTPPに変えるだけで、より安価で、かつ効果的なmRNA医薬品が開発できるようになることが期待されます。また、TPPベースの「カプセル」は、あらゆる細胞をターゲットにできることから、幅広い疾患の治療法開発につながる可能性があります。

研究者のひとこと

アミンをTPPに置換するというシンプルな方法ですが、わたしたちの実験によれば、mRNAの送達効率は期待以上でした。この方法はmRNAを送達するためのさまざまな種類の輸送体に適用可能です。mRNA創薬を大きく前進させる可能性があり、今後の研究の展開が楽しみです。

安楽泰孝准教授(上段左から3番目)と研究室メンバー

用語説明

*1 ナノサイズ:ナノサイズとは、ナノメートル(nm)単位で測られる非常に小さいサイズのことを指します。1ナノメートルは1メートルの10億分の1、つまり0.000000001メートル(= 10⁻⁹メートル)です。たとえば、人間の髪の毛の直径は約80,000〜100,000ナノメートル、多くのウイルスは20〜300ナノメートルです。

*2 トリフェニルホスホニウム(TPP):有機化合物の一種で、化学式は (C6H53P+

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