電気で半導体材料の性質を自在に切り替える―キラル状態をオン・オフする新技術

2026年8月11日 公開

キラル分子を出し入れして、次世代スピントロニクス材料への新たな道を開く

どんな研究?

スマートフォンやパソコンの中では、電気を流したり、情報を記録したりするさまざまな材料が使われています。こうした材料は、一度作ると、その性質は基本的に変わりません。

もし、電気を使って動作中でも材料の性質を自在に切り替えられたら、1つの材料で複数の役割を担える新しい電子デバイスの実現につながるかもしれません。その方法として注目されてきたのが、イオンや分子を材料の層の間に出し入れする「インターカレーション」という技術です。この技術はリチウムイオン電池にも利用されています。充電や放電では、リチウムイオンが電極材料の中を出入りすることで、電気をためたり取り出したりしており、この可逆的な出入りによって充放電が繰り返されています。こうした仕組みは、材料の電気的・磁気的な性質などを変える方法として研究されてきました。

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近年では、「右手」と「左手」のように鏡に映した関係にある2種類の形をもつキラル分子を材料に取り込むことで、電子の流れやすさがスピンの向きに応じて変わる特殊な性質を生み出せることも分かってきました。しかし、一度キラル分子を組み込むと、そのキラリティは固定されるため、デバイスの動作中に必要に応じて材料の性質を切り替えることはできませんでした。

ここが重要

では、どうすればキラルな状態を必要なときだけ現したり消したりできるのでしょうか。東京科学大学(Science Tokyo)の谷口耕治(たにぐち・こうじ)教授らの研究チームが着目したのは、「材料の中へ出し入れできるほど小さなキラル分子」です。

研究チームは、二硫化モリブデン(MoS₂)という層状半導体に、非常に小さなキラル分子を電気化学的に出し入れする方法を開発しました。その結果、材料がキラルな状態とキラルではない状態の間で、電気だけで何度でも切り替えられることを世界で初めて実証しました。

そして、X線回折やラマン分光など複数の手法で分子が確かに出入りしていることを確認するとともに、電子のスピンの向きに依存した電流の流れやすさも、キラル状態のオン・オフに合わせて切り替わることを実証しました。このとき、スピンの向きを選び分ける能力は約99%に達し、ほぼ完全に近いスピン選択性を示しました。

今後の展望

今回の成果によって、材料のキラリティを電気で自在に切り替えられる可能性が示されました。こうした技術は、電子の「スピン」を利用する次世代デバイス「スピントロニクス」への応用が期待されています。

将来は、磁石を使わずに電子の流れを制御する新しい電子デバイスや、より高性能で消費電力の少ない情報処理技術の実現につながる可能性があります。今回の成果は、「一度作ったら変わらない材料」という常識を変え、材料の性質を必要なときだけ切り替えられる新しい材料設計への第一歩となる成果です。

研究者のひとこと

これまで層状物質にキラル分子を挿入して「キラルな材料を作る」ことはできても、物質を壊すことなく、その状態を自由に切り替えることはできませんでした。今回の成果では、身近なリチウムイオン電池の仕組みにヒントを得ることで、電気的な性質だけでなく「キラリティ」という物質の形に由来する性質も電気で自在に制御できる可能性を示しました。今後はこの成果を、スピントロニクスをはじめとする次世代デバイスの実現へとつなげていきたいと考えています。
(谷口耕治:東京科学大学 理学院 化学系 教授)

谷口耕治教授

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