細胞はどうやって張り付いているのか?

2026年6月30日 公開

細胞がくっつく理想の足場はどのように作られるのか、その仕組みを解明

どんな研究?

再生医療で使う細胞の培養や、新薬の安全性を調べる実験では、細胞を人工的な環境で育てます。しかし、細胞はただ培養皿の上に置いただけではうまく定着しません。細胞は培養皿の表面に直接張り付くのではなく、まず表面に集まったタンパク質を「足場」にして定着します。しかし、どのようなタンパク質が集まれば細胞にとって理想的な足場になるのかは、よく分かっていませんでした。

Pratchaya.Lee/Shutterstock.com

一般的に、細胞培養皿の表面にはさまざまな工夫が施されています。なかでも広く使われているのが、紫外線とオゾンを利用して表面の性質を変える「UV/オゾン(UVO)処理」です。この処理をすると細胞がよく付着することは知られていましたが、その理由は長年の謎でした。また、UVO処理の時間が短すぎても長すぎても細胞が付きにくくなることも知られていましたが、その理由も未解明のままでした。

東京科学大学(Science Tokyo)の林智広(はやし・ともひろ)准教授らの研究チームは、UVO処理によって細胞が付着しやすくなる仕組みを解明するため、細胞を支える足場がどのように作られるのかを詳しく調べました。

ここが重要

細胞がタンパク質を足場にして定着することは以前から知られていましたが、問題は、UVO処理によってその足場がどのように作られるのかということでした。そこで研究チームは、「細胞そのもの」ではなく、「細胞が利用する足場」に着目しました。表面の性質だけを見るのではなく、どんなタンパク質が集まり、どのように入れ替わるのかを追跡したのです。

実は、従来の研究では、表面を親水性(水になじみやすい性質)にすれば細胞が付きやすくなると考えられていました。しかし、この説明だけでは、短時間の処理で細胞接着が最大になり、長時間の処理で逆に低下する現象を説明できません。そこで研究チームは、表面の化学変化だけでなく、タンパク質の量や種類、さらには時間とともに起こるタンパク質の入れ替わりまで詳しく調べました。

その結果、細胞が最もよく付着したのは、UVO処理を1〜2分だけ行った表面であることが分かりました。短時間の処理では、表面に親水性の部分ができる一方で、もともとの疎水性(水をはじきやすい性質)の部分も適度に残ります。この「親水性と疎水性が混在した状態」では、細胞接着に重要なタンパク質が表面に集まりやすくなり、細胞が利用できる足場が効率よく作られていました。

一方、処理時間が長すぎると表面は親水性が増します。すると、細胞接着に重要なタンパク質が表面に残りにくくなり、細胞が利用できる足場も減ります。その結果、細胞接着はかえって低下していました。

つまり研究チームは、細胞接着を決めるのは表面の親水性だけではなく、その表面にどのような足場が作られるかであることを明らかにしました。そして「少し不均一な表面」こそが理想的な足場をつくることを示したのです。

今後の展望

細胞が実際に触れているのは、材料表面に集まったタンパク質の層でした。私たちはつい、「もっと均一に」「もっときれいに」すれば性能が上がると考えがちです。しかし細胞にとっては、少しだけ疎水性が残った「不完全な表面」のほうが居心地のよい環境でした。

こうした発見は、細胞培養皿の開発だけでなく、人工臓器や再生医療材料など、人と材料が接するさまざまな技術に新しいヒントを与えます。細胞がどのような環境を好み、どのような環境を避けるのか。その理解が進めば、将来は細胞の振る舞いをより自在に操れるようになるかもしれません。

研究者のひとこと

今回の研究では、親水性と疎水性がほどよく共存する状態が、細胞にとって最もよい足場をつくることが分かりました。材料、タンパク質、細胞の関係を理解することで、より優れた医療・バイオ材料の開発につなげます。

実は私たちの研究は、「見えない界面で何が起きているのか」を解き明かすことが大きなテーマです。以前は細胞膜と DNA ナノマシンの界面相互作用を調べました(関連記事「細胞膜では何が起きているのか、振動をたよりにのぞいてみた!」)。今回は細胞と材料の界面に注目しました。目には見えない現象を理解することで、新しい医療技術につながる発見を目指しています。

(林智広:東京科学大学 物質理工学院 材料系 准教授)

林智広准教授

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