どんな研究?
脳卒中になると、脳の一部が傷つき、手足が動かしにくくなったり、うまく話せなくなったりすることがあります。脳卒中にはいくつかの種類があり、その中でも多いのが脳梗塞です。脳梗塞は、脳の血管が詰まり、血液が流れなくなることで脳が傷つく病気です。
しかし、脳には傷ついたあとに、自分で治ろうとする力があります。そのため、脳梗塞のあとでも、リハビリテーションを行いながら、手足が動くようになるなど症状が改善することがあります。一方で、回復の程度は時間とともに変化し、発症から数カ月たつと、だんだん回復しにくくなります。では、なぜ脳の回復がなぜ途中で頭打ちになるのでしょうか。その仕組みは、これまで分かっていませんでした。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo)の七田崇(しちた・たかし)教授と津山淳(つやま・じゅん)助教を中心とする研究チームは、脳梗塞が起こると、一部のミクログリアが「脳を治すモード」に変わり、傷ついた神経の修復を助けることを明らかにしました。そして、このミクログリアは、脳が自然に回復するために欠かせないことも明らかにしました。
ところが、時間がたつと、「脳を治すミクログリア」が見えなくなっていきました。ここで1つの疑問が生まれました。脳を治していたミクログリアは、仕事を終えると死んで消えてしまうのでしょうか。それとも、脳の中には残っているのに、治す力だけを失ってしまうのでしょうか。
研究チームは、脳を治していたミクログリアに目印をつけ、その後どうなるのかを追いかけました。すると意外なことが分かりました。ミクログリアは消えていませんでした。脳梗塞から時間がたっても、傷ついた場所の近くに残っていたのです。ただし、同じ場所に残っていても、神経を治すために必要な物質を、だんだん作れなくなっていました。では、なぜミクログリアは治す力を失うのでしょうか。
研究チームが調べると、ZFP384というたんぱく質がこの変化に関わっていることが分かりました。ZFP384は、脳梗塞から時間がたつにつれて、ミクログリアの中で増えていき、神経を治すために必要な遺伝子のスイッチが入るのを邪魔していました。実際、ミクログリアでZFP384がつくられないようにしたマウスでは、ミクログリアは長い間「脳を治すモード」を保つことができました。さらに、脳梗塞による症状も改善しました。
研究チームはさらに、ZFP384が増えるのを抑える薬剤としてASO-Zfp384を開発しました。使われているのはアンチセンス核酸という技術で、たんぱく質の設計図となるRNAにくっつき、そのRNAを分解させます。その結果、ミクログリアの中でZFP384が増えるのを抑えることができます。脳梗塞を起こしたマウスにASO-Zfp384を投与すると、ミクログリアの修復する力が長く続き、傷ついた神経の修復が進みました。脳梗塞による症状も改善しました。さらに、脳梗塞から約1カ月後に投与を始めた場合にも効果がみられ、発症から時間がたったあとでも回復を促せる可能性が示されました。
今後の展望
今回の研究から、脳梗塞後の回復が進みにくくなる背景には、脳を治していたミクログリアが消えるのではなく、脳内に残りながらその働きを失っていくことが関わっていると分かりました。この働きを長く保つことができれば、リハビリテーションの効果を高めたり、回復できる期間を延ばしたりする治療への応用が期待されます。
ASO-Zfp384の治療効果は主にマウスで確かめられた段階です。ヒトでの安全性や投与方法、効果については、今後詳しく検証する必要があります。回復する力を外から新たに与えるのではなく、脳がもともと持つ修復力を長く保つ。この考え方が、発症から時間がたった慢性期の新たな治療につながるかが注目されます。
研究者のひとこと
今回の研究では、まずミクログリアという細胞が脳梗塞後の自然な回復に欠かせないことを明らかにしました。さらに、そのミクログリアが時間とともに修復する力を失う仕組みを突き止め、その力を維持する方法まで見つけることができました。脳が本来持つ「治ろうとする力」をできるだけ長く保つ。これまでにない発想の治療薬によって、脳が回復できる期間を広げ、脳卒中後の回復をより長く支える治療につなげたいと考えています。
(七田崇:東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 神経炎症修復学分野 教授)
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