高齢者における“静かなる流行”

2025年4月2日 公開

パンデミックと免疫老化がもたらしたヘルペス性ぶどう膜炎の増加

ポイント

  • 加齢に伴う免疫老化により、感染症、慢性炎症、自己免疫疾患などのリスクが高まり、視力にも悪影響を及ぼす可能性がある。
  • 多くの高齢者がすでに感染しているヘルペスウイルスに着目し、高齢者のヘルペス性ぶどう膜炎を解析した結果、COVID-19パンデミック中にその診断例が増加する傾向が明らかになった。
  • パンデミック中の外出自粛などにより免疫刺激が不足し、免疫老化を抱える高齢者でヘルペスウイルスの再活性化が促進されたことが、ヘルペス性ぶどう膜炎の増加(“静かなる流行”)と視覚障害リスクの上昇につながった可能性が示唆される。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 眼科学の鴨居功樹准教授、宗源大学院生、大野京子教授らの研究チームは、COVID19パンデミック中における免疫老化[用語1]と眼疾患の発症との関係を検討するため、多くの高齢者がすでに感染しているヘルペスウイルスに着目し、高齢者におけるヘルペスウイルス[用語2]を原因とするぶどう膜炎[用語3]の調査を実施しました。

その結果、高齢者のヘルペス性ぶどう膜炎は全体として男性に多く、原因ウイルスとして最も多く認められたのはサイトメガロウイルスであり、次いで水痘帯状疱疹ウイルス、単純ヘルペスウイルスの順で確認されました。また、COVID-19パンデミック中は、ヘルペスによるぶどう膜炎の診断例が持続的に高い水準を示していることが明らかとなりました。

この背景には、外出自粛などによる免疫刺激の不足により、免疫強化が十分に図られなかったことが関与している可能性が考えられます。その結果、免疫老化を抱える高齢者においてヘルペスウイルスの再活性化リスクが従来以上に高まったことが示唆されました。

本研究の結果は、高齢者の感染症予防や治療戦略の見直しにも寄与する可能性があります。

本成果は3月7日付(米国東部時間)の「Journal of Medical Virology」誌に掲載されました。

図1. COVID-19パンデミックにおける高齢者のヘルペスウイルス再活性化とぶどう膜炎の発症

背景

日本は世界で最も高齢化が進む国の一つであり、65歳以上の人口は全体の約30%に達しています。高齢化に伴う免疫老化(Immunosenescence)は、感染症、慢性炎症、自己免疫疾患などさまざまな病気を引き起こすほか、ワクチン接種の効果低下にも関与していることが知られています。特に、感染症の再活性化リスクが高まることで、眼内の炎症性疾患であるぶどう膜炎の発症に影響を及ぼします。

ぶどう膜炎は、治療の遅れが視力障害や失明につながる可能性があるため、特にヘルペスウイルス感染によるものは強い炎症を伴うことから、迅速な診断と治療が必要です。近年のCOVID-19パンデミックにより、外出自粛などの影響で外界の菌やウイルスとの接触が減少し、その結果、免疫刺激が不足し、免疫強化が十分に図られなかった可能性があります。これにより、免疫老化を抱える高齢者においてウイルス再活性化リスクが従来以上に増大したと考えられます。

研究成果

本研究では、COVID-19パンデミックと免疫老化が感染症の再活性化リスクを高めた可能性を明らかにするため、ヘルペスウイルスに着目し、65歳以上のぶどう膜炎患者のうち、ヘルペスウイルス感染が原因と考えられる症例を対象に詳細な解析を行いました。

その結果、ぶどう膜炎全体では女性の割合が高かったのに対し、ヘルペス性ぶどう膜炎に限ると男性の割合がやや高く、統計的に有意な差が認められました。また、原因ウイルスとして最も多く確認されたのはサイトメガロウイルスであり、次いで水痘帯状疱疹ウイルス、単純ヘルペスウイルスの順で検出されました。

さらに、COVID-19パンデミック中の2020年~2022年において、ヘルペス性ぶどう膜炎の診断例が持続的に高い水準を示していることが確認されました。このことから、COVID-19パンデミックの影響により、免疫抑制作用と免疫老化がヘルペスウイルスの再活性化に寄与した可能性が示唆されました。

社会的インパクト

本研究の成果は、急速に進行する高齢化社会において、高齢者が免疫機能の低下(免疫老化)や外出控えによる免疫刺激の不足により、免疫強化が十分に図られない状態となることで、ヘルペスウイルスの再活性化が促され、ぶどう膜炎の発症リスクが高まる可能性を示しています。

これにより、視力の低下や生活の質(QOL)の低下といった重大な問題を引き起こす恐れがあるため、早期診断と適切な治療の開始が急務であることが明らかになりました。この知見は、医療現場における診療方針の見直しのみならず、公衆衛生の観点からも重要な意義を持つものと考えられます。

今後の展開

今後は、本研究で得られた知見を基盤とし、パンデミック終了後も長期的な追跡調査を実施することで、ヘルペス性ぶどう膜炎の発症リスク、治療効果、および長期的な合併症について検証する予定です。

また、最新の分子生物学的技術や高精度な画像診断装置を活用することで、診断精度のさらなる向上を図るとともに、各患者の病態に応じた最適な治療の実現を目指します。

付記

本研究は、JSPS 科学研究費助成事業(JP20K09824)、厚生労働省難治性疾患克服研究事業(22FC0201)、日本医療研究開発機構(AMED)(23fk0108671h0001、23fk0108672h0001)、武田科学振興財団(ハイリスク新興感染症研究)の助成を受けて行われました。

用語説明

[用語1]
免疫老化:加齢に伴い免疫機能が低下する現象。これにより、感染症、慢性炎症、自己免疫疾患などのリスクが高まるほか、ワクチン接種の効果低下もみられる。
[用語2]
ヘルペスウイルス:人に感染し、皮膚、神経、眼などにさまざまな症状を起こすウイルス群。一度感染すると生涯にわたり持続感染し、免疫が低下すると再活性化して症状を発症する。代表的なものとして、単純ヘルペスウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス、サイトメガロウイルスなどがある。
[用語3]
ぶどう膜炎:眼内で発生する炎症。原因は、細菌やウイルスなどによる感染性のものと、自己免疫疾患などによる非感染性のものに大別される。

論文情報

掲載誌:
Journal of Medical Virology
タイトル:
The Silent Epidemic: Unveiling Herpetic Uveitis in the Elderly
著者:
Zong Y, Kamoi K*, Zhang J, Yang M, Zou Y, Miyagaki M, Ohno-Matsui K

研究者プロフィール

鴨居 功樹 Koju KAMOI

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 眼科学分野 准教授
研究分野:眼炎症・眼感染症・眼科手術

鴨居 功樹 Koju Kamoi

宗 源 Yuan ZONG

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 眼科学分野 大学院生
研究分野:眼炎症・眼感染症

宗 源 Yuan ZONG

大野 京子 Kyoko OHNO-MATSUI

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 眼科学分野 教授
研究分野:近視、網膜疾患

大野 京子 Kyoko Ohno-Matsui

関連リンク

お問い合わせ

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 眼科学分野

准教授 鴨居 功樹

取材申込み

東京科学大学 総務企画部 広報課