化学反応で細胞膜を動かす:ナノの世界を操る新しいスイッチ

2026年5月22日 公開

触媒で脂質膜の構造を変える、人工細胞研究への新アプローチ

どんな研究?

私たちの細胞を包む「細胞膜」は、実は脂質と呼ばれる油のような分子が集まってできた、とても動きやすい構造を持っています。一見滑らかに見える膜の中では、性質の異なる分子が集まり、「島」のようなかたまりをつくっています。こうした島が生まれたり消えたりすることで、細胞は必要な働きをうまくコントロールしています。

これまでの研究で、温度を変えたり、力を加えたりすると、この島の状態が変化することがわかっていました。また、光を使って脂質を化学的に変化させる方法も知られていました。しかし、「化学反応そのもの」を使って、膜の中の構造を自在に動かす方法は、まだ実現していませんでした。

そこで東京科学大学(Science Tokyo)の金原数(きんばら・かずし)教授と博士後期課程2年の濵口怜(はまぐち・れい)さんは、「もし膜のすぐそばで化学反応を起こせたら、膜はどう変わるのだろう?」という素朴な疑問から、この研究に取り組みました。

Image: R. Hamaguchi

ここが重要

金原教授らの研究チームは、触媒反応をスイッチとして使うことで、必要に応じて膜の構造を変化させられることを初めて示しました。研究チームは、人工的につくった酵素を人工細胞膜の表面に固定し、そのすぐ近くで特定の化学反応を起こす仕組みをつくりました。すると反応によって生じた脂肪酸が膜に入り込み、これまで安定して存在していた脂質の島が消失しました。さらに、触媒の働きを強めると、膜の一部がぷくっと外にふくらむ「出芽」という大きな形の変化まで起こることがわかりました。

分子シミュレーションの結果から、その理由も明らかになりました。新しく加わった分子が膜をやわらかくし、脂質1つ1つの間隔を変えていたのです。ミクロな分子の動きが、目に見える形の変化につながっていました。

今後の展望

この成果は、自分で形や性質を変える「スマートなナノ材料」の設計につながります。特定の化学物質を燃料のように使い、必要なときに構造が変わる材料が実現できるかもしれません。

また、生命の最小単位をまねてつくる「人工細胞」研究においても、膜をどう制御するかという大きな課題に新たな指針を示します。化学と生物の境界を越える技術として、バイオナノテクノロジー分野での応用も期待されています。

研究者のひとこと

化学反応そのもので膜が動く瞬間を見たとき、化学反応が分子を作るということだけでなく、目に見える膜の変化をもたらすことを実感し、強い感動を覚えました。今後は、こうした化学反応を組み合わせることで、より複雑な膜のふるまいにも挑戦していきたいと考えています。
(金原数:東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授 / 同 総合研究院 自律システム材料学研究センター(ASMat)教授)

金原数教授(右)と濵口怜さん(左)

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