東京科学大学(Science Tokyo)アントレプレナーシップ教育機構人材エコシステム連携室は、「福島第一原発の“現場”に触れるフィールドワーク」を実施しました。
このフィールドワークは、福島第一原子力発電所を訪問し、そこから何が学び取れるかを自ら考えることで、事故を起こした福島第一原発の現状と今後について理解を深め、さらには日本の原子力利用のあり方について考えるものです。
今回は、定員の倍以上の学生から参加希望があり、参加希望理由をもとに人材エコシステム連携室が24名の参加学生を選抜しました。参加学生は、事前学習、現地見学、事後学習、全てへの参加が義務付けられました。
事前学習
5月22日に実施した事前学習では、まず、原子力システム研究の第一人者である本学総合研究院の小原徹教授から「放射線の人体への影響」「福島第一原発の事故の概要」について講義を受けました。
前半は、放射線の性質、放射線の人体への影響、自然界にある放射線などについて、動画も交えた大変わかりやすい説明があり、学生はメモを取りながら熱心に聞いていました。
なかでも、放射線の人体への影響には「確定的影響」と「確率的影響」があり、放射線と関連づけて言及されることの多い癌は「確率的影響」であること、また、身の周りの様々なものが微量ながら放射線を放っているという事実に興味を持った学生が多くいました。
後半は、2011年3月11日に発生した東日本大震災で福島第一原発が受けた被害の概要、周辺地域への影響、現在も続く風評被害などについて、説明がありました。小原教授は、原発事故に関連し、たびたびメディアの取材を受けていますが、そのなかで感じたことも含めて現場感あふれる話が多くありました。多くの学生は、震災当時の記憶がほとんどありませんが、原発事故から15年経った今でも、その影響が多くの人に及んでいることに衝撃を受けていました。
その後、本学環境・社会理工学院博士後期課程学生が「フィールドワークの心構え」についてレクチャーを行いました。フィールドワークの学修効果を高めるためには、「事前に問いを磨く」「現場で見たことや聞いたことを書き留める」「事後に問い直す」ことが大切であることを学びました。
参加学生は、学院や学年をまたいだ4人グループで、「何に着目して見学するか」を共有しました。専門、学年、興味の異なる学生同士の交流を通して、「放射線」「廃炉技術」「エネルギー政策」「社会への影響」「周辺地域の復興」「東京電力職員の仕事環境」など様々な側面から原発見学に臨むことができることがわかりました。
現地見学
6月5日の見学は、貸切バスにて現地に向かいました。まず、廃炉資料館にて、東京電力社員から、2011年の震災時の津波の状況、原発設備の被害状況、放射性物質濃度の状況、廃炉作業の状況、ALPS(多核種除去設備)処理水の処分などについて、映像や図を用いながらご説明いただきました。
その後、バスで福島第一原発に向かいました。原発周辺地域は、窓ガラスが割れたままの民家、草が生い茂ったままの商業施設などが残り、人が住んでいない空き地が広がっており、「周辺地域の人口は事故前の1~2割に留まっている」という情報を裏付ける現実を目の当たりにしました。
原発構内では、何度も厳重なセキュリティチェックを経て緊張感が高まるなか、参加者全員が線量計を着け、東京電力社員と一緒に構内バスに乗りました。様々な設備をバスの中から見学しながら、事故で大きな被害を受けた1~4号機に近づくと、線量計の数値が急激に上昇し、「事故後15年が経っても今なお事故は終わっていない」という現実に大きな衝撃を受けました。廃炉作業で発生した資材が大量に置かれている状況、処理水を海洋放出している現場なども見学し、1日あたり約5000人の方が従事している廃炉作業が想像以上に時間がかかるものであることを実感しました。さらに、廃炉作業従事者の労働環境を改善する様々な取り組みについても知りました。
見学後の質疑応答時には、多くの学生が、廃炉技術、廃炉作業の見通し、東京電力の周辺地域への貢献などについて積極的に質問しました。
事後学習
6月10日に実施した事後学習では、見学を通して感じたことや考えたことを学生同士で共有しました。最後は、グループごとに、「(学生、現地住民、メディアなど)自分たちの立場を想定したうえで、福島第一原発について説明する」という課題について話し合い、想定した立場からの説明を試みました。
なかなか経験できない貴重な見学に参加した学生が、多くの学びを得たことがよくわかりました。
事前学習、現地見学、事後学習の全てに参加した小原教授からは、最後に、「数カ月前に新潟県にある東京電力の柏崎刈羽原子力発電所が再稼働し、首都圏への送電を再開している。今回の見学を機に、これからも原子力を自分ごとに感じてほしい。」とのコメントがありました。
参加学生の主なコメント
・15年たった今でも東日本大震災の面影を感じることができました。今後数十年単位で廃炉に向けた作業が続いていくそうなので、またいつか訪れてみたいとも思いました。
・実際に見学して印象的だったのは、線量計の装着や身体汚染検査、リアルタイムで線量を確認できるシステムなど、放射線管理が想像以上に厳密かつ体系的に行われていたことです。また、24時間体制で医療サポートが整備されていることを知り、作業員の方々の安全を最優先に考えた環境づくりが進められていることを実感しました。医療現場における放射線管理と共通する考え方も多く、講義で学んだ内容が現場で実際にどのように実践されているのかを具体的に理解することができました。
・福島に行ったのは初めてなので、原発事故以前に、震災を受けた町なのだということを再確認しました。そのうえで、10年は使われていないであろう、今より明らかに安い価格が表示されていたガソリンスタンドがとても痛ましく思えました。
・ニュースや授業などの座学だけでは得られない、現場の空気感や周辺地域の現状を肌で感じることができ、非常に有意義な経験となりました。
・見学前はどこまで視察できるのかわからず、原子炉が直接見える位置まで視察できるとは思いませんでした。除染作業、廃炉作業がここまで進んでいるとは知りませんでした。 座屈タンクの側面が凹んでおり、津波の威力の強さを実感することができました。
・学生として学ぶ中で、つい症例ばかりに目がいき、実際の人々の生活や感情についておろそかにしてしまうことがあるが、今回見学した復興現場においては至る所でその場で生きて生活している人の息遣いを感じることができました。自分も、社会が動くそばには常に人の働きと想いがあることを念頭に置き、感謝しながら生きていきたいと思いました。
・社会のために良かれと思って技術を開発し実装したとしても、思わぬきっかけで悪い方向に向かってしまうことがあるということを忘れてはならないと思います。起こりうる最悪の事態にも正面から向き合って対策を練り、社会のあらゆる構成員と丁寧に対話を重ねていく勇気を持ち続けたいです。
・危険ではないと理解していても、原発の敷地内に入るときは少し怖かったです。科学的な正しさだけでなく、なんとなく怖い、というような気持ちに向きあって、正しい科学の知識を適切な方法で伝える必要があると思いました。
・改めて、我々が勉強している工学分野の技術が社会に及ぼす影響の大きさを学びました。原発事故に限らず、工学的な技術が社会をより豊かにすることや、社会に大きな影響をもたらす事故に発展することは大いにあり得るため、1つ1つの自分の情報提示の質や情報の正確性に責任をもって行動していきたいと感じました。
・研究などを通してこの廃炉のような大規模なプロジェクトに参加することがあるかもしれないと考えると、その時に必要なのは、専門分野に特化した知識だけではなく、他分野の知識も伴って考える力なのではないかと考えました。プロジェクト全体の中での自分の専門分野の仕事を理解し、誠実に行う姿勢が求められると思いました。
・今回の見学を通じて、リスクをゼロにできない状況でも、科学的根拠に基づいてリスクを評価し、少しずつ改善を積み重ねていく姿勢が重要であると感じました。将来医療者として働く際にも、放射線診断や核医学などの分野で利益とリスクの両方を正しく理解し、患者さんに分かりやすく説明できるようになりたいと思います。
・科学的な根拠を大切にするだけでなく、その内容を分かりやすく社会に伝える姿勢を持ちたいと思いました。今回の見学を通して、たとえ正しい情報があっても、人々の理解や信頼を得ることは簡単ではないと痛感したからです。将来は専門知識とコミュ二ケーション能力の両方を身につけ、人々に寄り添いながら社会に貢献できる人になりたいです。
アントレプレナーシップ教育機構では、本学アントレプレナーシップ教育の5つの要素である「先見性」「国際性」「リーダーシップ」「価値創造」「キャリア構築」に関わる講演/セミナー/講座を「機構認定講座」として開催しています。
これからも「社会共修」「異分野共修」「国際共修」の場を提供することを通じて、本学学生のアントレプレナーシップを涵養することを目指します。