生成系AIを用いた香りの自動創作

2025年4月23日 公開

ポイント

  • 生成系AIを使用して、言語表現から香り(精油混合比)を提案することに成功
  • 拡散モデルを使用して言語表現からマススペクトルを生成しスペクトルが一致するように香り成分を調合
  • 調香の迅速化、デジタル香り技術の発展による、香り製品開発の効率向上に貢献

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 未来産業技術研究所の中本高道教授(当時)、アレクサンドレ・マヌエル(Manuel Aleixandre)研究員、プラセティアワン・ダニ(Dani Prasetyawan)助教(当時)の研究チームは、生成系AIを用いた香り自動創作システムを提案し、その基礎実験に成功しました。

香りを創作する調香[用語1]は難しい作業であり、香り同士を調合してもなかなか意図した香りを得ることはできません。調香には専門家であっても多大な労力と時間を要し、香り創作を簡単に行う方法はありませんでした。また、これまでに香りを再現する研究は行われてきましたが、香りを自動創作する技術はありませんでした。

本研究では、香りを表す複数の香り記述子を生成系AIに入力すると、対応するマススペクトル[用語2]を得る技術を開発しました。そのマススペクトルを各成分のマススペクトルに分解して得られた構成比に従って香りを調合することにより、言葉に対応した香りを得ます。

本研究では香り記述子を与えて創作した香りについて、人が実際に嗅いで確認しました。香り記述子を有する166種類の精油について学習を行った後、2通りの香り記述子セットから生成した香りを比較し、各香りにふさわしい香り記述子セットを体験者に香りを嗅いで選択してもらったところ、正しく選択することができました。また、1つの香り記述子を精油の香り記述子に加えて対応する香りを生成し、もとの精油と嗅ぎ比べてどちらが加えた香り記述子の印象を有するかを選択してもらったところ、ほぼ意図したように選択されました。

本手法は言語表現にふさわしい香りを自動創作する新しい技術の提案であり、デジタル香り技術[用語3]の核となる技術の1つです。今後、本手法を用いることにより、これまで多大な時間と労力が必要だった香りの製品開発の効率の向上が期待されます。

本成果は、3月27日付の「IEEE Access」誌に掲載されました。

背景

新しい香りを創作する「調香」は、これまでは調香師という訓練を受けた専門家しか行うことができませんでした。素人がやってもなかなか思い通りの香りはできず、調香師でさえも何回も試作を繰り返して香りを創作しているのが現状です。これまでに言語表現から適切な香り製品を選択して推薦するシステムはありましたが、新たな香りを実際に創作するシステムはありませんでした。本チームがこれまでに香り再現技術[参考文献1]を研究してきましたが、香り創作はそれをさらに発展させた提案です。

本研究チームは2024年末に非線形最適化[用語4]の手法を用いて香りを創作する方法を提案しました[参考文献2]。しかし、パラメータの最適化等が必要になり、システム動作に経験を要しました。そこで、本研究では生成系AIの1つである拡散モデル[用語5]を使用した香り生成AIを開発しました。生成系AIは世の中で話題を集めていますが、香りを実際に創作するのに応用したのは、本研究が世界で初めての事例です。

研究成果

本研究では精油を調合することにより新しい香りを創作する実験を行いました。まず、拡散モデルによる方法において多層パーセプトロン[用語6]にマススペクトルと香り記述子の情報を入力し、出力としてマススペクトルが得られるように学習させました。今回はWoody、Spicy、Sweet、Herbal、Green、Fresh、Warm、Floral、Balsamicなどの57種類の香り記述子に関連する166種類の精油情報を入力し、学習を行いました。学習の際、入力側のマススペクトルに雑音を重畳させ、出力側には入力側と同じマススペクトルを出力するようにしました。雑音の混入によりデータ集合の潜在的な構造を学習します。香りの創作においては、学習後の多層パーセプトロンに香り記述子の情報を入力し、マススペクトルの部分にランダム雑音を入力します。このとき、出力側には香り記述子に対応するマススペクトルが復元されます。そのマススペクトルを各構成成分(この場合は精油)に分解します。ここで得られた成分構成比に従って精油を調合することにより、入力した香り記述子に対応する香りをつくることができると考えました。

はじめに、WoodyとSpicy、SweetとWarmとFloralというように、2~3つの香り記述子に対応する香りをつくりました。被験者には2種類の異なる香り記述子の組み合わせから作られた香りを嗅ぎ比べてもらい、香り記述子にふさわしい香りを選択してもらうことで、調香の精度を検討しました。例えば、WoodyとSpicyの香りとHerbalとGreenの香りを嗅ぎ、どちらの香りがそれぞれの言葉のイメージにふさわしいかを選択してもらい、その回答が意図した記述子と合致するかどうかを調べました。14名の被験者を対象に6パターンの香りの嗅ぎ比べを行ったところ、高い正答率が得られ、記述子に対応したイメージの香りが創作できたことが確認できました(表1)。次に、精油の香り記述子にもう1つ別の香り記述子を加えた香りを生成し、もとの精油と嗅ぎ比べる実験を行いました。それぞれの香りを嗅いでもらい、どちらの香りが加えた香り記述子にふさわしいかを23名の被験者に選択してもらったところ、ほぼ意図したように香りが選択されたことがわかりました(表2)。このように香り生成AIを用い、香り創作の基礎実験に成功しました。

図1. 香り生成AIの仕組み

表1. 香り生成AIで作成した香りの、人間による評価

表1. 香り生成AIで作成した香りの、人間による評価

表2. 香り記述子を追加し香り生成AIで作成した香りの、人間による評価

表2. 香り記述子を追加し香り生成AIで作成した香りの、人間による評価

社会的インパクト

これまでに「香り再現」技術で対象となる香りを複製する実験を行ってきましたが、今回提案した「香り創作」は新しい香りを生成する技術であり従来にない新技術です。これまで大変な時間と労力がかかっていた香り製品開発の効率向上が見込まれるとともに素人でも香り創作を行う手段を提供します。たとえばITエンジニアが香り付きのコンテンツを作成するときに意図した香りを自分で手軽に創作することが可能になります。本提案は、香りをデジタル情報で表し自在に操れるようにするデジタル香り技術[参考文献3]の普及に貢献し、そのインパクトは大きいと考えられます。

今後の展開

現在は基礎的なテストを行った段階であり、今後、さらに複雑な要求にも答える香り創作AIを開発していきます。また、本研究では液体香料を調合して香りサンプルを作成しましたが、リアルタイムですぐに香りを生成する技術も開発する予定です。

付記

本研究は科学技術振興機構の未来社会創造事業(JPMJMI22H4)の助成を受けました。

参考文献

[1]
Prasetyawan, Dani, and Takamichi Nakamoto. Odor reproduction technology using a small set of odor components. IEEJ Transactions on Electrical and Electronic Engineering 19, no.1 (2024): 4-14.
[2]
M.Aleixandre, D. Pracetyawan, T.Nakamoto, Automatic scent creation by cheminformatics method, Scientific Reports 14, no.1 (2024): 31284.
[3]
T.Nakamoto: Ed., Digital Technologies in Olfaction, 2025, Elsevier

用語説明

[用語1]
調香:複数の香りを混ぜ合わせて新たな香りを作り出すこと。
[用語2]
マススペクトル:質量分析器により分子をイオン化し、生成したイオンを質量と電荷の比によって分類し、各質量電荷比の値をベクトルデータとしたもの。
[用語3]
デジタル香り技術:香りをセンシングデータや言語表現からデジタルデータに変換し、デジタルデータから嗅覚ディスプレイにより実際の香りを提示する技術。
[用語4]
非線形最適化:非線形な目的関数で表された数値を最大化(あるいは最小化)する入力変数(1つもしくは複数)の値を探索して求める方法。
[用語5]
拡散モデル:代表的な生成系AIの1つで画像生成によく用いられる方法。
[用語6]
多層パーセプトロン:ニューラルネットワークの代表的なモデル。入力層、中間層(複数あってもよい)、出力層で構成され、それぞれの層のニューロン同士が結合する構造を持つ。

論文情報

掲載誌:
IEEE Access
タイトル:
Generative Diffusion Network for Creating Scents.
著者:
Aleixandre, Manuel, Dani Prasetyawan, and Takamichi Nakamoto

研究者プロフィール

中本 高道 Takamichi NAKAMOTO

東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 特任教授
研究分野:知覚情報処理、ヒューマンコンピュータインタフェース、センサシステム、センサデバイス

アレクサンドレ マヌエル Manuel ALEIXANDRE

東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 研究員
研究分野:ガスセンサ、ガスセンサシステム、機械学習、香りのデジタル化

プラセティアワン ダニ Dani PRASETYAWAN

本田技研工業株式会社
研究分野:センサ情報処理、アレイ化ガスセンサシステム、機械学習、官能検査

(左)アレクサンドレ、(中央)プラセティアワン、(右)中本

関連リンク

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東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所

特任教授 中本 高道

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東京科学大学 総務企画部 広報課